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3-1.二度目の出会い

 午前六時を告げる鐘の音が、薄明の空に吸い込まれた。

 祈りの時間を知らせる鐘だ。修道院の朝は早い。

 

 IMO隊員たちは、鐘の音が目覚まし代わり。

 傭兵といえど軍隊と同水準で訓練されているため、寝起きは良い。


「あれ、ジャガーさんは?」と、若い隊員が部屋を見回した。

 シキの姿どころか、荷物もない。


「そういえば昨日『君らが朝起きたら、俺はいないかも』って、言ってたな」


「えぇ!? まさか、もう次の仕事?」


「そうだろうなぁ。俺には到底、真似できないね」

 寝グセのついた髪を掻き、新入りたちは首をすくめた。



 サクスムの首都カルボ市。中心街には、早朝から多くの人。

 修道院だけでなく、市民の朝も早い。

 人々の狙いは、午前五時から始まる朝市だ。


 庶民の台所であり、新鮮な魚介類に野菜と果物が並ぶ。

 威勢のいい店主の声に、張りのある婦人の声。

 子供たちは、大はしゃぎで雑踏(ざっとう)をすり抜ける。

 

 朝市近くのカフェに、シキはいた。

 左手には新聞、右手にはティーカップ。

 サクスムではコーヒーよりも紅茶が主流であり、茶葉の種類も豊富。

 内陸部の高地では茶葉が生産され、一級品として世界中の王族に献上される。


 朝食はサクスムの定番である、薄いパンと煮込んだ空豆。

 起きたばかりの胃に優しい、あっさりした味付だ。


 早朝に抜け出したのは、決して任務のためではない。

 朝市を回り、優雅に朝食を食べるためだ。


 IMO内では何かと注目され、一挙一動に視線が集まる。

 それが、シキはストレスだった。


 それでも、頭の中は任務のことでいっぱい。

 手帳を開き、思いつく考えを記入していく。

 

 サミットは何事もなく終了し、難民がテロリストだという線は薄くなった。

 いや。実は潜んでいたが、予想以上の警備体制に動かなかったのかもしれない。

 IMO隊員や獣人(ガウダ人)が去って、行動を起こすかもしれない。しかし、その狙いは?

 そもそもサミットではなく、狙いは聖地だった? 聖地を奪う理由は?


 大した任務じゃない。とシキはため息。

 根拠がなさ過ぎて、モチベーションが上がらないのだ。


 その考えに至るのは、市内を散策してからでも遅くはない。

 パタリと手帳を閉じ、シキは紅茶を飲み干した。


 朝市を抜け、静かな旧市街を歩く。

 過去の大地震によって大半の建物が建て替えられたが、それでも数百年前からある街並みだ。


 約六百年前、アリステラから人間が移り住んだ。

 寄り集まってできた集落が、サクスムの起源だ。


 当時、奴隷として(しいた)げられていたガウダ人は猛反発。

 人間たちは避けられ、侮辱された。


 しかし、人間たちは同族の過ちを認め、復讐に走ることはなかったという。

 さらに、彼らはガウダ人に、あらゆる知識や技術を惜しみなく分けた。

 

 その後、高度な城塞都市を築き、ガウダ人にも居住と商売の自由を認めた。

 真摯に向き合い続けた結果、嫌悪感は薄れ、サクスムは第四の州となった。


 ガウダ連邦最大の貿易都市でありながら、サクスムは宗教都市でもある。

 聖地のお膝元であれば、自然とそうなるだろう。

 カエルム修道院を筆頭に、市内には多くの礼拝堂が点在。

 

──汝、隣人に光を与えよ。

 それが、ミウルギア教の理念だ。


「……ん?」

 シキは、一つの建物の前で足を止めた。


 そこは周辺住民のための、小さな礼拝堂。

 礼拝日ではないが、扉が開いている。吸い込まれるように中へ入った。


 外観もそうだが、内部もこぢんまりとしている。堂内には、木製のベンチに質素な祭壇のみ。

 

 祭壇の前で、掃き掃除をする人がいた。

 濃紺のスカートに、チュニックとウィンプル。後ろ姿でも、修道女だと一目でわかる。


 気配に気づいたのか、修道女が振り返った。

 大きな黒目を縁取る、長いまつ毛。彫りの深い顔立ちに、褐色の肌。

 

 どこかで見た顔。と思案した瞬間──。

「あ」と、シキは両手を叩いた。

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