3-1.二度目の出会い
午前六時を告げる鐘の音が、薄明の空に吸い込まれた。
祈りの時間を知らせる鐘だ。修道院の朝は早い。
IMO隊員たちは、鐘の音が目覚まし代わり。
傭兵といえど軍隊と同水準で訓練されているため、寝起きは良い。
「あれ、ジャガーさんは?」と、若い隊員が部屋を見回した。
シキの姿どころか、荷物もない。
「そういえば昨日『君らが朝起きたら、俺はいないかも』って、言ってたな」
「えぇ!? まさか、もう次の仕事?」
「そうだろうなぁ。俺には到底、真似できないね」
寝グセのついた髪を掻き、新入りたちは首をすくめた。
※
サクスムの首都カルボ市。中心街には、早朝から多くの人。
修道院だけでなく、市民の朝も早い。
人々の狙いは、午前五時から始まる朝市だ。
庶民の台所であり、新鮮な魚介類に野菜と果物が並ぶ。
威勢のいい店主の声に、張りのある婦人の声。
子供たちは、大はしゃぎで雑踏をすり抜ける。
朝市近くのカフェに、シキはいた。
左手には新聞、右手にはティーカップ。
サクスムではコーヒーよりも紅茶が主流であり、茶葉の種類も豊富。
内陸部の高地では茶葉が生産され、一級品として世界中の王族に献上される。
朝食はサクスムの定番である、薄いパンと煮込んだ空豆。
起きたばかりの胃に優しい、あっさりした味付だ。
早朝に抜け出したのは、決して任務のためではない。
朝市を回り、優雅に朝食を食べるためだ。
IMO内では何かと注目され、一挙一動に視線が集まる。
それが、シキはストレスだった。
それでも、頭の中は任務のことでいっぱい。
手帳を開き、思いつく考えを記入していく。
サミットは何事もなく終了し、難民がテロリストだという線は薄くなった。
いや。実は潜んでいたが、予想以上の警備体制に動かなかったのかもしれない。
IMO隊員や獣人が去って、行動を起こすかもしれない。しかし、その狙いは?
そもそもサミットではなく、狙いは聖地だった? 聖地を奪う理由は?
大した任務じゃない。とシキはため息。
根拠がなさ過ぎて、モチベーションが上がらないのだ。
その考えに至るのは、市内を散策してからでも遅くはない。
パタリと手帳を閉じ、シキは紅茶を飲み干した。
朝市を抜け、静かな旧市街を歩く。
過去の大地震によって大半の建物が建て替えられたが、それでも数百年前からある街並みだ。
約六百年前、アリステラから人間が移り住んだ。
寄り集まってできた集落が、サクスムの起源だ。
当時、奴隷として虐げられていたガウダ人は猛反発。
人間たちは避けられ、侮辱された。
しかし、人間たちは同族の過ちを認め、復讐に走ることはなかったという。
さらに、彼らはガウダ人に、あらゆる知識や技術を惜しみなく分けた。
その後、高度な城塞都市を築き、ガウダ人にも居住と商売の自由を認めた。
真摯に向き合い続けた結果、嫌悪感は薄れ、サクスムは第四の州となった。
ガウダ連邦最大の貿易都市でありながら、サクスムは宗教都市でもある。
聖地のお膝元であれば、自然とそうなるだろう。
カエルム修道院を筆頭に、市内には多くの礼拝堂が点在。
──汝、隣人に光を与えよ。
それが、ミウルギア教の理念だ。
「……ん?」
シキは、一つの建物の前で足を止めた。
そこは周辺住民のための、小さな礼拝堂。
礼拝日ではないが、扉が開いている。吸い込まれるように中へ入った。
外観もそうだが、内部もこぢんまりとしている。堂内には、木製のベンチに質素な祭壇のみ。
祭壇の前で、掃き掃除をする人がいた。
濃紺のスカートに、チュニックとウィンプル。後ろ姿でも、修道女だと一目でわかる。
気配に気づいたのか、修道女が振り返った。
大きな黒目を縁取る、長いまつ毛。彫りの深い顔立ちに、褐色の肌。
どこかで見た顔。と思案した瞬間──。
「あ」と、シキは両手を叩いた。