2-2.カエルム聖衛兵
シキが休憩に入ったのは、午後二時過ぎ。
これから遅めの昼食だ。首脳陣は、さぞ豪華な昼食会だったに違いない。
詰所へ戻り、併設されている食堂へ。
昼時のピークは過ぎたらしく、人はまばら。
シキは食堂の最奥、入口から背中を見せるように座った。
今日の昼食は、サクスムの国民食。
米とマカロニにレンズ豆とひよこ豆をトッピングし、トマトソースをかけたもの。
つけ合わせのフライドオニオンはカラッと上がり、香辛料も絶妙の効き加減。
「うま」と、こぼれる独り言。
シキは自由閲覧の棚から取った、サクスム新聞を開いた。
流石に一面ではないが、二面には『クローネ奪還』の文字。
アリステラでは、奪還宣言から一夜明けた頃だろう。クローネはお祭り騒ぎに違いない。
思い出すのは、スニエークとの決戦前夜のこと──。
ザミルザーニに向かう道中で、兄妹の会見をラジオで聴いていた。
頼りなかった公世子は、もういない。
望まぬ枷に、苛まれる公女はもういない。と喜びを噛み締めたものだ。
回想から戻り、新聞に焦点を当てる。
一面はサミット関連の記事で埋め尽くされ、ローカル面には難民の増加が取り沙汰されている。
他には、商人を狙った強盗が増加。などと物騒な記事が多い。
警備は、午後九時まで続く。
昼食を食べ終わったら、仮眠を取ろう。とシキは新聞をたたんだ。
その時、廊下からガシャガシャ。と金属の擦れ合う音が響いた。
「カエルム聖衛兵だ」と、IMO隊員が呟く。
聖地の番人。神の守護者。竜の尖兵。
などなど、カエルム聖衛兵の呼び名は多岐に渡る。
外套の紋章は天翔ける竜。外套の下はチェーンメイルで覆われ、鋼鉄の脛当てが金属音を立てる。
頭部もチェーンメイルで覆われており、修道女のウィンプルを彷彿とさせた。
中世から抜け出した、時代遅れともいえる格好。
だが、この世界で最も崇高な兵士と呼び声高い。
神への絶対的な信仰心と奉仕の心を胸に、厳しい訓練を耐え抜いた者が纏うことのできる鎧だ。
かつては剣と槍が得物だったが、このご時世に飛び道具なしでは、聖地も自分の身も守れない。
そのため、近年では銃を携帯するようになった。
数人の聖衛兵が、一つのテーブルについた。休憩場所はIMOと共有だ。
同時に、次々と頭の装備を外す。いわずもがな、チェーンメイルの重量は相当なもの。休憩時くらい、快適に過ごしたいはず。
その中に、小柄な聖衛兵がいた。装備を外した瞬間、隊員たちがギョッとした。
小柄な聖衛兵は女だった。聖衛兵は女でもなれるが、非常に稀有な存在だ。
酷暑地での厳しい訓練はもちろん、装備の重量は男でも根を上げる。
多くの視線をよそに、女聖衛兵は食事を取りに立ち上がる。
チェーンメイルに髪が絡まないようコイフを被っており、髪色は分からない。
赤道の民らしい褐色の肌。ぱっちり二重に長いまつ毛と、通った鼻筋。
大きな黒目は、気高く芯の通った印象を受ける。
視線を集めるのも、納得の美人だ。
「……ん?」
ざわめきを感じ取ったのか、シキは振り返った。
視線の先には、先ほどの聖衛兵たち。
無言で食べるよう教育されたのか、黙々と食事を口に運ぶ。
シキの視線も、やはり女聖衛兵に移る。数秒見つめたあと、首をひねった。
「気のせいか」と独りごち、椅子から立ち上がった。