3-3.ラピスラズリと聖女
空は快晴、波も穏やか。絶好の船旅日和だ。
ターミナルに早めに到着し、三人は海沿いの遊歩道を歩いていた。
「まずはレヒトシュタートで入国審査を受けて、ヴェルメルのベイツリー駐在基地に戻る。そこから、巡洋艦に乗って帰る」
十日はかかる。というシキの言葉に、アルバは顔をしかめた。
「十日も海の上? 俺には耐えられない」
「実を言うと、俺もだよ。だから、ベイツリーにはあまり帰りたくないんだ」
残渣破壊の件に加え、ザミルザーニ事変の報告もあるため、是が非でも帰国しなければいけない。
帰ったたとしても、すぐには休めないだろう。
経費の算出は第一分隊の仲間がやっているとしても、報告書作成が待っている。
「地脈ってやつを使えばいいだろ。あんた、気象兵器なんだから」
「遠すぎて使えないの。海を渡るなら、翼があった方がいいね」
遠くに見える陸地──アリステラを見つめ、シキは呟く。
「……いつか鳥人みたいに、人間も空を飛べる日が来るのかな」
「船で海を渡れるようになったんだし、そういう日が来るかもね」
アルバの独り言に、ペルフェが頷いた。
さざなみの音だけが、辺りに響く。十一月とは思えない高い気温に、夏のような日差し。
「そうだ……」と、アルバが声を上げた。
ポケットを探り、何かを取り出す。
「ペルフェ、これ──」
差し出したのは、真鍮の小さなバレッタ。加工された石──ラピスラズリ付きだ。
「えっ?」と、ペルフェの目が見開かれた。
「あっ、そうか……」と言いかけるも、シキは口をつぐんだ。
裏で身辺調査をしていたことは、黙っておくことに。
「今日、誕生日だろ?」
「……そうだった」
忘れてた。とペルフェは、口元に手を当てる。
「なんで忘れるんだよ」と、アルバは肩を落とした。
「今週は色々あり過ぎて、すっかり忘れちゃってたよ」
「……そりゃそうか」
それ、外して。とアルバは、ウィンプルを指差す。
戸惑いつつ、ペルフェはウィンプルを外す。
黒い猫っ毛が、風に揺れた。
アルバは、ペルフェの右耳の上にバレッタを差し込む。
「やっぱり、似合ってる」と満足げだ。
「これって──」
バレッタに手を当て、ペルフェはアルバを見上げる。
「プレゼント。絶対に似合うと思って、知り合いの古物商に取り寄せてもらったんだ」
「だから貯金してたのね」と、シキは何度も頷く。
「ありがとう。大事にするね」
頬を赤く染め、ペルフェは笑う。
決して煌びやかな髪飾りではないが、黒髪に深い青はよく似合っていた。
「髪飾りね。……お前、粋なことをするよなぁ」
アルバの肩を叩き、シキは目を伏せた。
「頑張って、指輪のお金も稼げよ」と、さらに茶化す。
うっさいな! とアルバは、照れ隠しに声を張った。
ひとしきり笑ったあと、シキは弟分に手を差し出す。
二人は、固い握手と抱擁を交わした。
「誕生日おめでとう、元気でね。……アルバが隣にいるし、うしろには俺とアネモスもいるから」
シキの言葉に、ペルフェは目を瞑る。
「はい」の返事は揺れ、目にはうっすらと涙の膜。
「もう行くよ。見送りはここで大丈夫」
じゃあね。と荷物を持ち、シキは歩き出した。
何度も足を止め、振り返っては手を振る。
「また、お会いしましょう!!」
大きく手を振るアルバと、控えめに小さく手を振るペルフェ。
シキの姿が見えなくなって、二人は目を合わせた。
「帰ろうか」
「うん」
繋いだ手と手は、歩みと合わせて前後に振れ動く。
ラピスラズリは陽光を受け、金色のパイライトが煌めいた。
※
ザイデ共和国及び多種多様な異民族とともに、ケルツェ人はついに蜂起した。
この時、ケルツェ人は思った。気象兵器など必要ないと──。
『自由のために』という意思があれば、共感する者は立ち上がる。
固い結束力と決意は、どんな銃火器でも砕けやしないと。
たとえ、己が死のうとも。未来に生まれる子のために、彼らは戦う。
侮辱されることがない理想の国を作るため、戦士たちは礎となった。
レヒトシュタート帝国より生まれた火種は、じわじわとアリステラ大陸中に広がる。
そんな戦乱の時代に活躍する、ある人道支援及び動物保護団体があった。
クローネ公国公女を筆頭に、あらゆる戦地や秘境に赴き、多くの人々や野生動物を救った。
その団員の中に、元修道女と夫がいたというのは、もう少し先の話である。
気象兵器の後日譚 -ラピスラズリの聖女- 完