3-2.出立
翌日──。
昼前のカエルム修道院にて。チェックアウトのため、シキはエントランスにいた。
事件から三日が経過し、カルボ市内は落ち着きを取り戻している。
巷を騒がせていた強盗犯と誘拐犯は、神父が首謀者だった。という事実は市民たちを驚愕させた。
修道院は無関係。と警察が予防線を張ったため、修道女たちへの飛び火はなかった。
群がっていた報道機関は次第に数を落とし、今日は一人もいない。
国境警備局への、任務完了の報告。警察からの事情再確認。戦闘員たちの葬儀立ち合い。
三日間の中で、それらを済ませたシキは、ようやくベイツリー共和国へ帰ることに。
「七日間の滞在で、一日は炊き出しに参加していただいたので、割引と……」
パチパチと算盤を弾き、ペルフェは紙にペンを走らせる。
「本当は、全ての宿泊費をタダにしたいですけどね」
「そこまでされると、逆に申し訳ないよ」と、シキは苦笑。
人がいないことを確認したあと、小声で言葉を続けた。
「……しばらくは、修道女を続けるの?」
その問いに、算盤を弾くペルフェの手が止まる。
「はい。家族や修道院に話をするのは、心を落ち着けてからにします」
「何かあったら、IMO本部の俺宛に電話するといい。俺には、君らを最後まで見守る責任があるから」
財布から出した札を数えつつ、シキは頷いた。
「君らを唆した……っていうのは語弊があるけど、人生を変えるきっかけを作っちゃったからね」
「この選択は、絶対に間違っていません」と、ペルフェは顔を上げる。
「でも、いつかは壁にぶつかる時が来ると思います。……その時は、アルバと一緒に乗り越えて見せます」
手書きの領収書を渡し、ペルフェは「ありがとうございました」と一礼。
「港まで送ります。アルバが車を出してくれるそうです」
カウンターの天板を上げ、ペルフェはシキの前へ。
「あいつ、もう運転して大丈夫なの?」
「はい。立って歩けるようになりましたし、来週からは仕事にも復帰するって」
「君もそうだけど、あいつも働き者だよなぁ」と、シキは微笑んだ。
その時──。
「セトウさん」と、まとめ役の修道女が呼び止めた。
「なんとお礼を言ったらいいか。本当に、お世話になりました」
「いえ。……今回の件、あまり気に病まないでくださいね」
視線を落とし、シキは小さく頭を下げる。
「えぇ。……偽りの姿だったとしても、私たちにとって神父様はよいお方でした。……もし、ケルツェが彼らの遺骨を引き取る意思があれば、お返ししてもよろしいですか?」
「もちろんです。俺としても、故郷に帰してあげたい。ただ、今のケルツェに受け入れる余裕はないですから、そのうちでいいかと。……IMOはケルツェに関わることができなくなったため、ご面倒をおかけします」
遅かれ早かれ、生き残った戦闘員たちから『計画はIMOに阻止された』と、ケルツェ解放軍の上層部へ報告が上がるだろう。
この件でIMOとケルツェは、敵対関係になってしまうことは確実。
そこで、遺骨の扱いは修道院に任せることになった。
「私たちからあなたにできる、せめてものお手伝いです。お任せください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
背筋を正し、シキは深く一礼。
「では、失礼します」と、踵を返した。
「お元気で」と、修道女たちが手を振る。
修道院の前には、すでにオンボロのバンが止まっていた。
車体に身を預けていたアルバが、後部座席のドアを開ける。
「港まで送ってくれるんだって? ありがとな」
荷物をラゲッジスペースに置き、シキは目を細めた。
「これくらいしかできないけど」と、アルバはエンジンをかけた。
助手席にペルフェが乗ったあと、車が発進。
「今度は仕事じゃなく、観光で来るよ」
遠ざかる修道院を見つめ、シキは呟いた。