3-1.執念
事件から、二日後の夜──。
カエルム修道院の礼拝堂に、修道女たちとシキがいた。
祭壇には七つの骨壷。
中には、死亡したケルツェ戦闘員たちの遺骨が収められている。
検死のあと、戦闘員たちは火葬され、修道院が引き取った。
表向きは、市民を恐怖に陥れた強盗犯で、ラピス家を脅かした誘拐犯。
しかし、シキは残渣のことを伏せた上で、修道女たちに経緯を話した。
軍資金調達のために、クルーガーは強盗と誘拐を企てたと。彼は妻子を殺され、狂ってしまったと。
身の上を知った修道女たちは、戦闘員たちを弔うと申し出た。
そして現在、葬儀の真っ只中である。
蝋燭の火が揺れる礼拝堂に、修道女たちの澄んだ讃美歌が響く。
戦場で死ぬ運命だった男たちは、静穏な場所で弔われた。
神を嫌うクルーガーからすれば、望まぬことだったかもしれない。
『……クルーガーはどうやって、残渣を探したんだろうな』
ベンチに座り、シキは心中でアネモスに問う。
『歴代の、指輪の所有者を調べたのだろう。最後に指輪を所有し、盗まれた小貴族の子孫は現在、それなりの権力者だったはずだ』
『……名家なら年表や宝物庫の帳簿が残っていても、おかしくはないってことか』
『そうだ。もしかすると、アリステラでもクルーガーが関与した事件があるかもしれないな』
不法侵入や、尋問のための誘拐とか。とアネモスは呟く。
『なら、残渣が移った宝を探し当てた方法は? ……帳簿を当たっていくにしても、恐ろしく気の遠くなる作業だ。すでに破壊され、存在していない宝だってある』
シキは両手を組み、身を乗り出した。
『これは憶測に過ぎないが』と前置きの上、アネモスは息を吸った。
『クルーガーは、残渣の靄が見えていたのではないか。と私は考えている。……エザフォスは憎悪と怨恨の塊。並々ならぬ復讐心を持つ者なら、あの靄が見えるかもしれん』
『そうか』と、シキは顎に手を当てた。
『それなら、残渣が宿っているかどうかの判別は容易い。……ペルフェがペンダントを見せたあの時。残渣は俺たちじゃなくて、クルーガーに反応していたのか?』
『その可能性は、十分にあり得るだろう。彼にとっては「希望」との邂逅だったというわけだ』
結局は『絶望』だったがな。とアネモスは嘆く。
『……手記によると、妻子を亡くしたのは八年前。七年かけて残渣を探し、サクスムで見つけた。痕跡を残さないように少しずつ外堀を固め、一気にカタをつける。その時を、クルーガーは待っていたのか』
クルーガーの執念深さと辛抱強さに、シキは素直に感心した。
『狂ってはいたが、冷静さは欠いていなかったようだ。……お前さんがいなければ、エザフォスは復活していたかもしれない』
『今回の件で、よく分かったよ』と、シキは足を組み替える。
『エザフォスは、絶対にこの世に放っちゃいけないって。残渣だけであの力だ。完全に復活すれば、俺には倒せる気がしない』
『戦いが起これば、地形が変わり大半の生命が死に絶えるだろう。奴の存在は、永久的に隠しておくしかないのだ』
そして──。とアネモスは、言葉を切る。
『エザフォスに魅入られた者は、復活の鍵となる。絶対に抹殺しなくてはいけない』
シキは、無言で頷く。残酷な言葉だが、事実であることに変わりはない。
『気象兵器ではなく、IMOに助けを求めていれば。少しは、まだマシな結果になったかもしれんな』
『……一時的な停戦のあと、すぐに戦闘が再開するだけだ。この八年、ずっとその繰り返しだ。ケルツェは、ザイデと同じ道を辿るだろう』
讃美歌が終わり、シキはベンチから立ち上がる。
『大規模な衝突──戦争か』
『あぁ。……俺にできるのは、戦火に巻き込まれる人々を救うことだけだ』
どちらかの味方はできない。と首を振り、シキは歩き出した。