2-2.足枷
「え?」
目を見開き、ペルフェは動きを止めた。
「な、なんで知ってるんですか!?」
ボボボッと、みるみるうちに顔が赤くなる。
「だって、アルバを唆したの俺だもん」
ニタニタと笑うシキの顔は、悪童そのもの。
「えっ!?」
「相談されたんだよ。アルバは君のことが好き。だけど立場上、難しいからどうしようって」
テーブルを指で叩き、感慨深そうに目を細めた。
「告白したあとも、かえって君を混乱させてしまった。とアルバは悩んでいた。……実を言うと、俺も懸念していたんだ。君が立場に苦悩するだろうと。だけど、諦めろとも言えない」
動揺しているのか、ペルフェは目を忙しなく泳がせた。
逃すまいと、シキは身を乗り出す。
「結果的に両思いってわかったんだけど、君は葛藤している。……君の本心はどうなの? それを聞かせてほしい」
「わ、私は──」
視線を落とし、ペルフェは組んだ両手を握りしめた。
「誰も咎めない。……もちろん、ミウルギアも」
最後の言葉はシキの声と、誰かの声が重なった。
人気のないカフェの隅。窓辺に座るシキに、陽光が降り注ぐ。
光を纏う男の背後に、ペルフェは微笑む老人を見た気がした。
「……本当は、アルバの隣にいたいです」
しばらく経って、小さな声が上がる。
「実家のご近所さんや知り合いも『ペルフェとアルバはお似合いだね』って冷やかすんです。……それが嬉しくて」
「あぁ、そんなこと言ってたね」
シキは、港町の食堂でのやり取りを思い出した。
「それって、皆、気づいてるんだよ?」
その言葉に、ペルフェはハッと顔を上げた。
「そうでしょうか」と、独り言が漏れる。
「君は気持ちを隠すのが上手だけど、アルバはあからさまだからねぇ」
初対面の俺でもわかったし。とシキは苦笑。
「義姉弟とか関係ない。自分の気持ちに素直になるといい。……もし、周囲の目が嫌だと言うのなら、サクスムを出ればいい」
「それって、修道女をやめるということですか?」
困惑気味に、ペルフェは身を乗り出す。
「そう、違う環境で生きる。君たちが義姉弟だと知る人はいない。……どう?」
「ですが、私には弱き者を助けるという使命が──」
ペルフェの反論は、伸びた手に止められた。
「それは、修道女じゃないとできないことかな?」
「……あ」
正鵠を射るような言葉に、ペルフェは声を詰まらせた。
「言っておくけど、俺は聖職者を貶める気はない。……何の制約もなく、世界を自由に飛び回れる人こそ、多くの人を救えると思わない?」
穏やかな口調とともに、シキはペルフェを真っ直ぐに見た。
「正直、修道院の規律は足枷だ。……君はまだ若い。そして強くて、誰にでも優しい。サクスムの修道院で一生を過ごすのは、すごくもったいないと思う」
うつむいたまま、ペルフェは反論しない。
打ちひしがれているわけでも、怒っているわけでもない。ただ、動揺している。
「……いつだったかな。『世界』という言葉に、反応したことがあったよね? その時に思ったんだ。君は、外の世界に憧れているんじゃないかって」
シキは、炊き出しの日を思い出した。
食堂で交わした会話。「世界を飛び回る」という言葉に、ペルフェが食いついたことを。
「多分、君は気づいている。修道院を出た方が、自分のやりたいこと──『人助け』ができると」
身を引き、シキは反応を待つ。
その時──。
ペルフェの頬に、一筋の涙が伝った。右目から流れる涙は、嬉しい時のもの。
「誰かに言って欲しかった」と、消え入りそうな声が上がった。