2-1.風を呼ぶ者
一時間後──。
カルボ市立総合病院に、オンボロのバンが止まった。
運転手はシキ。後部座席から、アルバとペルフェが降車した。
アルバの傷の消毒と、包帯を巻き直すために訪れた。
傷は適切な処置を施さないと、化膿や感染症のもとになる。しばらくは、病院通いになりそうだ。
「あとは俺だけでいい。時間、潰してきなよ」と、アルバはシキを見る。
あと任せた。と目が訴えていた。
「待ってる間、お茶でもしようか」とシキは、ペルフェに振り返る。
二人は病院内に併設されている、カフェに入った。
客はまばらだ。落ち着いて、ゆっくりと話ができるだろう。
「そうだ」とシキは、ボディバッグを探った。
「これ、返すよ。……ごめんね」
差し出しのは、あのラピスラズリ。しかし、中心にヒビが入っている。
残渣を破壊した際に、割れたらしい。
「残渣が宿っていた物は、壊さなきゃいけないんだ。……弁償するよ」
両手を合わせ、シキは頭を下げた。
「いいんです」とペルフェは微笑み、首を振る。
「必要なことだったのでしょう? おかげで、私とアルバは助かりました。弁償して! なんて言いませんよ」
石に手を伸ばし、指先で撫でた。
「きっと、この石は役目を終えたんです。お守りが壊れるのは、持ち主の身代わりになったってことです」
「……そう言ってもらえると、俺の心が軽くなるよ」
水出し紅茶を飲む手を止め、シキは安堵の表情だ。
「ずっと思っていたんですけど。シキさんの目って、ラピスラズリみたいですよね」
石を顔の高さに掲げ、ペルフェはシキを見た。
「目の色は、親父に似たんだ。髪色は母親と同じ黒。……だけど──」
シキは自身の毛髪をつまみ、立てた爪を引き下ろす。
「あっ」と、ペルフェの目が見開かれる。
黒い染料が剥がれ落ち、現れたのは銀糸のような毛髪。
気象兵器となった者の髪は、どれだけ染めても、内部まで色が浸透することはない。
少し力を加えて引っ張るだけで、簡単に色が落ちてしまうのだ。
「アネモスの力を得た時に、髪色は変わった。……クルーガーの髪、変色しかけていたでしょ? あれが完全な銀色に変わると、適合したことになるんだ」
「……どうして、銀色なんですか? エザフォスは『漆黒の竜』だったはずです」
首をかしげ、ペルフェは視線をずらす。
「どちらも、元は銀の竜だった。……エザフォスがアネモスを襲撃して、返り討ちに遭ったって話、知ってる?」
「はい。その際に、エザフォスが司っていた力を、アネモス様が剥奪したと」
「その時に、エザフォスの体は黒く染まった。アネモスの力は大気、すなわち空気だ。銀は空気に触れると、硫化する」
「はぁ」と、ペルフェは曖昧に答えた。
急に科学の話が出て、戸惑っているのだろう。
「絵画のエザフォスは、外道に堕ちた姿。本来の姿は、もっと美しかった。……ってアネモスが言ってる」
自身の胸に指を当て、シキは快活に笑った。
「……本当に、不思議な感覚です」
ペルフェは、ティーカップを両手で包む。
「シキさんと会ってから、色んなことがありました。……アネモス様は風を呼び、嵐をもたらす。だけど、そのあとは必ず晴れると」
言い伝えの通りですね。と頬を緩めた。
「……もうじき、お国に帰るのですか?」
「そうだね。仕事が終わったから、報告のために帰らなきゃ」
でも、その前に。とシキは、にっこりと微笑む。
「君とアルバの関係を、発展させてからかな」