2-1.光の塔
──聖地。
神や宗教の発祥地とされ、信者にとって特別な場所。
『神』を信仰する人間の宗教は、長い年月の中で枝分かれした。
人間の聖地は、ほとんどが煌びやかな人工物であり、遺跡として世界中に点在する。
対して、獣人や竜人は先祖崇拝と自然崇拝に重きを置き、自然物を聖地と定めた。
そんな三つの種族にも、共通した聖地が存在する。
名を『アギオ=ピルゴス』。デースペル大陸のアングストゥム地峡、赤茶けた小高い丘にある。
敷地内には礼拝堂と議場、衛兵の詰所。そして、地峡を見下ろす高い塔。
別名『光の塔』と呼ばれ、光の国より飛来した『ミウルギア』が、最初に降り立った地とされる。
ミウルギアは、世界に光をもたらした存在──創造神もしくは太陽神とされており、ミウルギアを基に多くの神話、宗教が派生した。
現在、アギオ=ピルゴスは所有国がいない『無主地』と定められ、人間とガウダ人、パライ人が共同で管理。
聖地は平和・和平の象徴であり、古代から会談の場として使用されてきた。
そして、昨日と今日。二日間の日程で、ガウダ連邦首脳会談が開催中だ。
※
くあぁ。とあくびを噛み殺し、シキは目を瞬かせた。
緊張感が皆無だが、これでも警備の真っ最中である。
昨夜は遅くまで、新人隊員たちに付き合ってしまった。今夜も捕まるのだろうか。
そんなことを考えつつ、シキは渡り廊下を歩く。
小銃を片手に、IMOの標準装備に身を包んだのは久方ぶり。
礼拝堂と庭園はIMO隊員、塔と議場周辺はカエルム聖衛兵の持ち場だ。
聖地上空は鳥人が旋回し、聖地に繋がる水路は魚人が警備。
さらに、敷地外では人狼が巡回中。
これほどの警備体制では、テロリストの付け入る隙はなさそうだ。
持ち場交代のため、シキは礼拝堂へ。
目に飛び込むのは、壁一面のフレスコ画。
ミウルギアが降臨し、帰還するまでの物語が描かれている。
──神は光の国より飛来し、世界に光をもたらした。
声には出さず、シキは絵の説明文を復唱した。
『「光の国」とは、太陽のことだ』
不意に上がる、シキだけに語りかける声。
本当の『風の気象兵器』である、アネモスの声だ。
『千年前に太陽フレアが放出された際、ミウルギアは地球へ到達した。本当のことを言えば、ミウルギアは太陽の眷属だ』
『神が眷属だなんて、信者たちが怒りそうだ』
鼻を鳴らし、シキは次の壁画を見た。
──神は二柱の騎士に守られ、世界を回った。
『「騎士」とは私と兄──エザフォスのことだな』
あの頃は楽しかった。と呟く、アネモスの声は明るい。
『ミウルギアは生まれたばかりの赤子。私とエザフォスで、面倒を見ることになったのだ』
『つまり、これは子守の場面ね』と、シキは苦笑。
──神は夜を朝に、冬を春に変えた。こうして、時間と四季が生まれた。
『それはデタラメだな。時間と四季があるのは、地球が回っているからだ』
『まぁまぁ。話を盛るのは、神話にはよくあることでしょ』
ニヤニヤしていると同僚から不審に思われるため、シキは真顔を作る。
──世界を巡り、神は聖地へ戻った。人は神が迷わず帰って来れるよう、灯台を作った。
『この絵の灯台、あの塔とそっくりだな』
シキは、窓の外を見た。赤銅色の塔が、悠然とそびえ立っている。
『あの塔は、元は灯台だった。地震によって海底の隆起が起きた結果、使われなくなったがな』
『へぇ、そんな歴史が。……これが最後だな。えーと──』
──世界に光が満ちたのを見届けると、神は光の国へ帰還した。今も、天上より我らを見守る。
どうなの? とシキは、天を仰ぎ見る。
『いたとしても、それはもうミウルギアではない。生まれ変わって、どこかの星に光を届けているだろう』
再生と消滅は眷属の定め。とアネモスは呟く。
『壮大な神話は、実は冒険劇だったのね。俺はこっちの方が好きだけど』
『そういえば。「光の冒険」というタイトルで童話を書いたんだが、さっぱり売れなくてな』
『……古本屋で探してみるよ』と頷き、シキは壁画に背を向けた。