1-1.微睡の中
【ここまでのあらすじ】
クルーガーは異民のケルツェ人であり、妻子をレヒトシュタート帝国に殺された過去を持っていた。復讐心を胸に帝国を滅ぼすため、残渣を探していたのだ。結果、エザフォスに乗っ取られ、悲惨な最期を迎えた。
事件解決の裏で、アルバは一世一代の告白に出る。なんと、両思い。
しかし、恋した相手が義弟であること。修道女としての誓いを破ることに、ペルフェは苦悩する。
答えの見えない状況を打破するには、やはり、あの男が鍵となる?
四時間に及んだ、参考人聴取のあと──。
警官の運転で、シキは修道院まで送り届けられた。
「おやすみなさい。もう朝ですけどね」と警官は笑い、車は走り去った。
もちろん、これで終わりではない。
「何があったのですか」と、修道女たちに囲われた。
ペルフェやクルーガー、さらにシキがいないことに気づき、日出前から待っていたらしい。
「今は、何も言えません」の一点張りで、シキは客室へ逃げ込んだ。
※
ギィ。と客室の扉が開き、廊下の光が差し込む。
靴底を擦りながら、シキは歩く。そのまま、ベッドに倒れ込んだ。
「もう朝だよ……」と、潰れた声が上がった。
言葉通り、窓の外は白んでいる。
長かった夜が終わり、一日の始まりが訪れようとしていた。
「あっさりと信じてくれて、よかったな」と、アネモスの声。
シキの胸から、光の球体が飛び出した。
「あぁ……」と上がる、瀕死の声。
「お前さんが聴取を受けている間に、私も情報を集めたぞ」
ソファに座り、アネモスは得意げだ。
「拘束した男たちは、ペンダントが狙いだと知らなかったらしい。事務所跡にいた連中だけが、クルーガー直属の部下だそうだ」
「へぇ」とシキから、少しだけ色のついた声。
「それと、ストーカーの件だが。犯人は元々、ペルフェに好意を抱いていた。そんな時、ある男が接触し『自分もペルフェのファンだから、部屋に忍び込もう』と唆したそうだ。……誰だと思う?」
「……早く教えて」
「お前が倒した守衛だ。ペルフェに会いたいがために、守衛になったと言ったそうだ。まあ、嘘だろう。ストーカー男の証言確認のために、警察が修道院へ来たが、なぜか、気絶した守衛が車庫に縛られていたとか」
「拘束する手間が省けてよかったね」
「あの場に、守衛がいたのも納得できる。逃亡するために車庫に来たのだろう。そこで、お前と鉢合わせしてしまった」
不運な奴だ。とアネモスは腕を組む。
「ケルツェ解放軍の連中が、サクスムに来たのは約二ヶ月前。『難民が増えた』という、国境警備局の証言と一致する」
シキは、何も答えない。
ついに寝たか。とアネモスが呟いた直後、声が上がる。
「……そっちの依頼も完了できたし、一石二鳥だね」
「そうだな。解放軍は難民を装い越境し、ペンダントを奪う機会を狙っていた。というわけだ」
ここで、シキはもそりと動いた。
体を反転させ仰向けになり、天井を見上げる。
「連中は『サミット襲撃』ではなく『エザフォスの残渣回収』が目的だった。証拠は──」
懐を探り、例の手帳を取り出す。
「クルーガーの手記だ」
「証拠として扱ったあと、これはどうする?」
手記を受け取り、アネモスはページをめくる。
「IMOの……機密資料庫に保管する。彼が生きた、唯一の証になる」
「そこには、エザフォスの核が保管されているな」
数奇な運命だ。とアネモスは手記を閉じた。
クルーガーの意思は奇しくも、渇望した『力』の元へ帰結することになる。
「……俺はやっぱり、クルーガーのことを悪だとは思えない。俺もあいつも、根っこは同じだから」
でもさ。とシキは、アネモスを見た。
「仮に、俺がクルーガーみたいに『気象兵器』じゃなく『国家』が敵だったら、アネモスは力を貸すことはなかったよな?」
「……そうだな。どんな理由であれ、私は殺戮に協力しない」
断固として言い切ると、アネモスは窓を見た。
「気象兵器は、力に溺れてはいけない。世界を俯瞰する存在であれ」と、呟く。
「我々が介入するのは、気象兵器が関係することだけ。本来は、人の争いに仲介はしない。だが──」
そこまで言うと、ベッドに振り返る。
「お前のように『善悪を見極められる者』になら、託したいとも思っている。……そもそも、IMOの総司令官が、人の争いごとに首を突っ込みまくっておるからな」
もう、掟などない。とアネモスは笑った。
その時──。
すぅ、すぅ。とシキから寝息。
「全く、失礼な奴だ」と憤慨するも、アネモスの頬は緩んだ。
「愚兄を止めてくれて感謝する。……ありがとう」
手を伸ばし、シキの黒髪を撫でる。
そこにいるのは、ただの孫と爺だった。