4-2.答えがなくとも
「え?」と、ペルフェは顔を上げた。
アルバが、真っ直ぐに見ている。
緑色の目は夜明けの光を反射し、宝石のように美しい。
「お前を守ることが、俺の生きる意味だ。……この際だから、言っておく──」
大きく息を吸い、アルバは昂る感情を抑えた。
「俺は、お前のことが好きなんだ。弟じゃない、一人の男として」
ポカン。と口を開け、ペルフェの頭にはクエスチョンマーク。
「──えっ? え? えっ?」と、目を瞬かせた。
「お前のためなら、何だってできる。……俺は、お前のために生きたい」
ここまで来れば、あとは勢いのみ。背中の痛みも忘れ、アルバは上体を起こした。
「……で、でも私、あなたの姉だよ?」
顔を真っ赤にし、ペルフェは熱い視線を逃れる。
「血は繋がっていない。お前の一番になりたいから俺は、養子を断ったんだ」
「……私、修道女なんだよ?」
「関係ない。『神』の了承はいらない。神は咎めないし、罰も与えない」
ほら、何も起きないだろ。とアルバは天を仰ぐ。
しばらく経って、バツの悪そうに頭をかいた。
「……ペルフェの立場を、無視してるよな。でも、俺はどうしても言いたかった。この気持ちを我慢したまま生きるのは、苦しかったんだ」
分かっている。ペルフェにとって自身は弟。
修道女として一生を神に捧げ、独身を貫くつもりだと。最初から、勝ち目はないと分かっていた。
「……夢みたい」
そっぽを向いたアルバの耳に、そんな声が届く。
「え? ペルフェ? 何で泣いて──」と、アルバは慌てた様子。
ペルフェの目から、ポロポロと大粒の涙があふれた。
嗚咽とともに肩が跳ね、拭っても拭っても涙は止まらない。
所作があまりにも美しく、アルバは伸ばしかけた手を止めた。
「私も苦しかった。……弟だから、諦めようって」
顔をくしゃくしゃにして、子供のように泣く。
は? と口を半開きにした瞬間──。
アルバの全身を、雷に打たれたような衝撃が駆け巡る。
「私も好き……。大好きだよ」
ペルフェは、一人の男の胸へ飛び込んだ。
※
──この子はアルバ。今日から、あなたの弟よ。
両親に背を押され、痩せた男児が一歩踏み出した。
今でも覚えている。アルバが、ラピス家に来た日のことを。
虚空を見つめる目は、常に伏し目がち。
喜怒哀楽を、どこかへ置いてきたような顔。
九歳にして抜け殻となったアルバを、ペルフェはひどく哀れんだ。
だからこそ、この子の心を開きたい。
普通の子供のように、笑って走り回ってほしい。その一心だった。
アルバはよく笑いよく泣き、たまに怒るようになった。
低かった背はあっという間に伸び、成長痛に悩んでいた。
アルバが十五歳の時、ペルフェは聖衛兵の訓練学校に入った。
その日を境に、会うことはなくなった。
次に再会したのは、二年後──訓練学校の卒業式。
家族席でアルバを見た時、ペルフェの中で何かが動いた。
入学式の日に泣いていた義弟は、すっかり大人になっていた。
どこか影のある整った顔立ちに、ファッションモデルのような長身。
幼い頃のように笑うことは減ったが、時折見せる笑顔に胸が狭くなったものだ。
血が繋がっていれば、意識などしなかった。
血が繋がっていないばかりに、ペルフェの目には、一人の男として写っていたのだ。
しかし、義理の弟に慕情を抱くなど、もってのほか。
抱いた恋心を切り捨て、ペルフェは修道院の門をくぐった。
※
アルバは、ペルフェをしっかりと抱きとめた。
動かず、ぬくもりを確かめる。心臓は痛いほど脈を打ち、今にも爆発しそうだ。
「でも、私は修道女。……神に、救いを求める人に、尽くすって誓ったの」
アルバの肩に顔を埋めたまま、ペルフェから小声が漏れた。
「……私、どうしたらいいんだろう?」
悲痛な声に、アルバは奥歯を噛み締めた。
今、ペルフェは苦悩している。
心が、男の方へ揺らいでいることに。神に尽くすという、誓いを捨てることに。
震える背に手を添え、アルバは優しく語りかけた。
「混乱させてごめん。答えは今じゃなくていい。今は、義姉のままでいいから」
ただ、それしか言えなかった。
ペルフェは、元から一人の男としてアルバを見ていた。
神には勝った。しかし、まだ神の片腕の中にいる。
こちらの終着点は、まだ見えない──。
第四章 鳴動 完