4-1.夜明けの光
頭の中で、誰かが喋っている。
何を言っているかは分からないが、とにかくうるさい。
苛立ちを覚え、アルバは目を開けた。
寝ようにも、頭の中が騒がしくて眠れない。
何度も何度も、脳内でループするあの光景。
数時間前の出来事が、走馬灯のように駆けていく。
※
ストーカー事件の解決後、自室に戻った。直後、後頭部を殴られ意識を失った。
目を覚ませば、知らない廃屋。周囲には、小銃を持った屈強な男たち。
男たちの会話で、アルバは察した。ザイデと同じ言語に、特徴的なタトゥーはケルツェ人だ。
なぜ、ここにケルツェ人が? と思案しているうちに、扉が開く。
入ってきた人物に、アルバは呼吸を止めた。
どうしてペルフェが? とパニック状態だ。
ペルフェは、ペンダントを男に渡す。肌身離さずつけていた、祖母の形見。
なぜ渡す? と考えたのも一瞬。ペルフェが平手打ちされた。
積み重なった疑問など、すべて吹き飛んだ。
触るな、殺す。そんな言葉を口にしても、何もできなかった。
同時に、ペルフェにもイラついた。
自分のために来たというのに、突き放すようなことを言ってしまった。
あの時の悲しそうな顔が、アルバの脳裏に焼き付いている。
地震が起こった時、何もできなかった。故郷が、砲撃された日を思い出した。
大地が震え、建物が倒壊し、爆風が粉塵をまき散らす。
家だったものは跡形もなく消え、一瞬で家族を失った。
あの日を思い出し、動くことができなかった。
だけど、足が動いていた。ペルフェを守るために。
──戦えないなら、守れ。
あの男──シキの言葉が蘇る。
いけ好かない奴だった。顔が良くて人当たりがいい、だけど軽薄そうな奴だったから。
でも違った、視野が広くて思いやりがある。何より強い。
神は信じていない。がこの時ばかりは、神がいるんじゃないか。とアルバは考えた。
『気象兵器』。その力があれば、故郷や家族を守れたのかもしれない。
だけど、クルーガーのようにはなりたくない。復讐心に身を焼かれた、哀れな男だ。
もう過去は戻らない。だから、今を──未来を歩く。
アルバには『神』も『力』もいらない。ただ、隣に『光』がいればいい。
※
カララ。という音に、アルバは扉を見た。
薄闇の中に、ペルフェが立っている。
「起きてたの?」と、驚いた表情だ。
「うん。……おじさんとおばさんは?」
「私たちの着替えを取りに、家に戻ったよ。私も今、警察からの聞き取りが終わったんだ」
丸椅子に座り、ペルフェはあくびを一つ。
アルバは緊急搬送されたあと、傷の手当てを受けた。
しばらくは青あざが広がり、シャワーの際は切り傷で背中がしみることだろう。
軽傷で済んだが痛みで歩けないので、今日は入院ということに。
搬送されたのが真夜中だったため、個室に振り分けられた。
駆けつけた両親が、号泣しながら義姉弟を抱きしめた。
その後、ペルフェは病院内で事情聴取を受け、現在に至る。
「……なんか、夢みたい」と、ペルフェはため息。
「同感。まだ、現実として受け入れられないよ」
第三者のように、高いところから俯瞰する感覚。
だが、体に走る痛みで、当事者だったと再認識させられる。
「……アルバ、ありがとうね」と、ペルフェが呟く。
「私を守ってくれて。私の代わりに、怪我させちゃってごめんね」
アルバは答えず、天井を見つめたまま。
「……初めて、お前を守れた気がする。だから、俺は嬉しかった」
しばらく経って、そんな言葉が上がった。