3-3.光の見出し方
雨のあとの、澄み切った朝焼けとともに、子供が生まれた。元気な女の子だ。
晴れを意味する『サニー』はどうだろうか。と問えば、カリナは喜んでくれた。
サニー、生まれてきてくれてありがとう。
任地から帰ってくる度に思う。サニーが成長していると。
大事な瞬間に立ち会えないのは残念だけど、カリナが写真を撮りためてくれている。
僕のことを『パパ』と呼んでくれた。あまり帰れていないのに、覚えてくれてすごく嬉しかった。
僕の写真を見せて、カリナが教えていたみたい。
サニーのこと、任せっきりでごめん。いつもありがとう。
まずいことが起こった。
侮辱されたことに怒ったケルツェの青年が、レヒトシュタート人を刺殺した。
青年はその場で射殺されたとか。あまりにも理不尽だ。
大ごとにならなければいいが。
ケルツェの青年たちが、帝国の首都で爆破事件を起こした。
なんでも、殺された青年の仲間らしい。これを皮切りに、ケルツェ人が暴徒化している。
民兵である僕の声に、耳を貸そうともしない。
逆に『どうして、お前は怒らないんだ』と怒鳴られた。
僕だって怒りたい。でも、やり返せばケルツェの格を落とすことになる。
女帝を怒らせた。総統閣下も引き下がらない。
全面戦争は免れないだろう。しばらくは地下暮らしになりそうだ。
カリナはサニーを連れて、ザイデへ逃れると言っていた。
きっとまた会える。会いたい。
二人が死んだ。
越境寸前に砲弾が撃ち込まれた。二人だけでなく、多くの避難者が死んだ。
許せない、許せない。絶対に許さない。
しばらく、空白が続く──。
幼い頃、祖父から聞いた伝承を思い出した。
この世には『気象兵器』という、一国を滅ぼすほどの力が存在すると。
最も危険な『地の気象兵器』は、力を分割した上に封印されているらしい。
その力さえあれば、帝国を滅ぼせる。
二度と復興できないほどに、更地にしてやる。
総統閣下は大いに賛同してくれた。希望を託す。とまでおっしゃってくれた。
俺は戦線を離れ、力を探しにいく。神父として各国に潜入する。
神など信じていない。神は何もしない。神など、この世に存在しない。
結局は、自分自身で光を見出し、道を切り開くしかないのだ。
※
廃鉱山に到着後、最後に制圧した宿舎にあった、クルーガーの手記。
へこんだブリキの箱の中には、何枚もの子供の写真。成長する過程を撮ったものだろう。
赤子を抱えた、妻らしき女の写真もあった。
「……戦争は、人を狂わせる」
『クルーガーは「光」の見出し方を、誤ったようだな』
アネモスの呟きに、シキは目を伏せた。
『光とは、必ず影を産むものだ。代償が見えぬ者は、いずれ影に飲み込まれる』
「間違っちゃいない」とシキは、手記を懐にしまう。
万が一、これが公になれば、多くの懸念をはらむだろう。
「行こう。彼を止めないと」
倒した男たちを跨ぎ、扉へ向かう。
「……墓参りに行くって、約束したんだ」
『「約束」と「彼女」のためか? 珍しく、利己的な理由だな』
アネモスの言葉に、シキはドアノブを捻る手を止めた。
「帝国には同情しない。だけど今は、あいつがいるから守るだけだ」
脳裏に浮かぶのは、男勝りだが繊細な、腐れ縁の顔。
「……俺にはクルーガーの気持ちが、痛いほど分かる」
だから、俺が止めるんだ。とシキは扉を開けた。
家族との死別。渦巻く復讐心。神ではなく、力を求めたこと。
クルーガーの生い立ちは、驚くほど似通っている。
しかし、違うこともあった。
決して縋ってはいけない『力』を、クルーガーは求めてしまった。
『善性』を持たないエザフォスに、取り込まれた挙句──。
クルーガーは、二度と戻ってくることはなかった。