3-2.守る時
「……信じられない」と、ペルフェの声が揺れた。
「目の前に、二柱の騎士がいるなんて」
片方は大地を砕き、鋭利な破片をまき散らす。
片方は風を纏い、破片を撃ち落としていく。
その度に、響く地鳴りと風鳴りが、鼓膜を揺さぶる。
三半規管が狂わされ、立っているのもやっとだ。
「……アネモス様は、私たちを導く者」
突風が、ペルフェのウィンプルを吹き飛ばす。
肩まで伸びた猫っ毛が、さわさわと揺れた。
「……エザフォスは、私たちに仇なす者」
だから、止めなきゃ。と両手を胸の前へ。
その手には、回転式拳銃。クルーガーの部下が持っていた物だ。
ためらうことなく、ペルフェは引き金を引いた。
リボルバー特有の轟音が、空気を裂く。
強風の中、弾は一直線に飛んだ。そのまま、クルーガーの左肩へ被弾。
「なっ」と、赤い目が見開かれた。
瞳に映るは、銃口を向ける修道女。
続いて、胸に衝撃。胸骨に、刀の切先がめり込んでいる。
その瞬間──。切先から、白い雷が放たれた。
──不覚。
というエザフォスの言葉は、声には出なかった。
クルーガーの体が反った。と同時に背中から、黒い靄が噴き上がる。
雷が蜘蛛の巣状に広がり、靄を捕まえ打ちのめした。
オォォ。という遠吠えのような音とともに、靄は消え去る。
しかし、破壊の時こそ、最も危険な瞬間だ。
一際大きな地鳴りとともに再度、地面が突き上げられた。
それは消滅の間際の、エザフォスの悪あがき。
建物全体が、激しく横に揺れる。
刀を地面に突き刺し、シキは入口へ振り返った。
「伏せろ!」と怒鳴り、天井を見る。
ついに、建物の崩壊が始まった。
いくら地盤が強いといえど、老朽化した建物内にいては意味がない。
この揺れでは、歩くこともままならない。
そうこうしているうちに、天井や壁が崩れ落ちる。
拳大の石が、ペルフェの頭上へ迫る。
「危ない!」と、アルバが覆い被さった。
「──うっ」
背中に直撃するも、アルバは耐える。
「……うあぁぁぁぁッ!!」
歯を食いしばり、声にならない叫びを上げた。まるで、己を奮い立たせるように。
「アルバッ!?」
「俺のことはいい!!」
押し返すペルフェに体重をかけ、アルバは瓦礫を一身に受けた。
レンガ、木片、ガラス、タイルが降り注ぎ、骨を殴り、肉を切りつける。
アルバの意識が、朦朧とした頃──。
「死ぬなよ!」と、誰かの声。
顔を上げた先には、光を放つパステルカラーの世界。
ここが天国か。とアルバは呆けた表情。
しかし、首をむんずと掴まれ、光の中へ放り込まれた。
一瞬の、浮遊感のあと──。
襲いかかるのは、内臓が揺れる衝撃。
「ぐぇ」と、カエルのような声が上がる。
いつの間にかアルバは、赤い大地に転がっていた。
「生きてるか?」と、シキが頬を叩く。
心配そうに、ペルフェも顔を覗き込んだ。
「……俺、死んだの?」
しばらく経って、アルバは呟く。
「んなわけあるか」
「……いてぇ」
激痛に顔をしかめるも、アルバは瞠目した。
視線の先には、瓦礫の山と化した事務所跡。相当な揺れだったのか、近くの建物も倒壊している。
さらに、奥の鉱山からも砂煙。坑道が崩れ落ちたのだろう。
「あれ? なんで?」
「地脈だよ」と、シキは地べたに座った。
「……意味わかんねぇ。考えるのやめた」
力尽きたように大の字に寝転がると、アルバは笑う。
「シキさんって……アネモス様?」
唖然とした表情で、ペルフェはシキを見た。
「違うよ。俺は力を貸してもらっているだけ。アネモスは俺の中にいる」
そう言って、シキは「よいしょ」と立ち上がる。
「アネモスに見張ってもらっているんだ。……彼のように、ならないために」
離れた場所に、男が仰向けで倒れていた。
砂塵で顔が汚れているが、間違いなくクルーガー本人だ。
融合しかけたのか、黒髪は灰色に染まっている。
「彼しか連れ出せなかった。……もう死んでるけど」
「……馬鹿な奴」と、そっぽを向くアルバ。
「死んじまったら、何も救えねぇだろ」
辛辣な言葉とは裏腹に、声は弱々しく震えていた。
ペルフェはクルーガーへ歩み、膝を落とす。
胸の前で両手を組み、うつむいた。
「……来世ではどうか、笑顔で生きてください」
慈悲深き修道女──聖女の祈りは、満天の星空に消えていった。