2-3.燃え上がる蝋燭
時は中世──。
『ルークソーリス』という、人間の大帝国があった。
三つの隷属国を従え、獣人を奴隷として使役し、アリステラの大半を手中に収めていた。
そんな大帝国も、エザフォスを前にして成す術はなかった。
大地震に大津波、火山の噴火──。
瓦礫の山と化した街は火に包まれ、最後は水にさらわれた。
その後、アネモス率いる解放軍と同盟を結び、エザフォスへと挑んだ。
勝利したが、かつての栄華が戻ることはない。
侵略と併呑を繰り返し、領土を広げた大帝国は衰退の一途を辿る。
それは、一部の人間やガウダ人にとっては幸運だった。
次々と独立の声が上がり、セルキオ、アジュール、ブレザマリナ、サントテレーノといった国へと分裂。
ルークソーリスは『レヒトシュタート帝国』へ名を変え、多種多様な異民を抱える国となった。
しかし、平和は長くは続かない。
帝国内ではヒエラルキーの下層にいた、ザイデ人による独立戦争が勃発。
この戦争がきっかけとなり、帝国は他の異民にも不信感を抱くように。
不信感は次第に差別となり、異民たちは迫害の対象となった。
差別と迫害は、憎悪と怨嗟しか生まない。
異民の人口率二位のケルツェ人が、ついに反旗を翻した。
誇りを取り戻し、安息の地を得るために、ケルツェの民は命を散らす。
細く小さな火を灯し、溶けてなくなる蝋燭のように──。
※
「そのタトゥーで、ピンときたよ」
砂を巻き上げ、シキはエントランスの中央まで歩いた。
「『ケルツェ解放軍』。元は民兵から生まれた組織で、ゲリラ戦に長ける。あんたは、参謀ってところか」
クルーガーが黙っていると、シキは言葉を続けた。
「さしずめ、エザフォスの力を使って攻勢に出るつもりだろ?」
「エザフォス……?」と、ペルフェが呟いた。
「あのペンダントには、エザフォスの力が眠っている。おばあさんは、気づかずに君に渡したみたいだけど、とても危険な物なんだ」
ペルフェの頭には、無数のクエスチョンマーク。
無理もない。理解するまでに、時間がかかることだろう。
「その力は全てを破壊する。……仲間を危険に晒してもいいのか?」
「承知の上だ」と、クルーガーは歯を見せた。
「どんな手を使ってでも、私は帝国を潰すと誓った。……この力は、ケルツェの希望だ」
シキを真正面から睨みつけ、息を震わせる。
「私や同志には、帰る場所も家族もいない。私たちには、失うものなど何もない!」
演説のように身振り手振りを加え、クルーガーは鼻息荒く言い切った。
「馬鹿かよ、お前は……」と、嘲笑が上がった。
身を起こし、アルバが口を歪める。
「自分には失うものがないからって、他人の人生を奪っていいわけがないだろ。前線にいる奴らだって、本当は死にたくないはずだ!」
「黙れ!」
アルバを蹴飛ばし、クルーガーは怒鳴った。
「貴様の家族は誰に殺された!? 帝国だろう!? 憎悪を持たずのうのうと生きて、ザイデ人としての誇りを捨てた腰抜けが!」
「俺はここで生きていくって決めたんだ! 過去は戻らない! だから、前を向くしかないんだよ! お前とは違うッ!!」
なおも引き下がらないアルバに、クルーガーの頬が痙攣した。
「貴様のような軟弱者はせいぜい、前線で盾になるがいい!」
胸ぐらを掴まれ、アルバは投げ飛ばされる。背中を強打し、痛みに呻いた。
「……それが、アルバを嫌う理由か」と、シキは腕を組む。
「その愛国心には感心する。けどな──」
青い目が、真っ直ぐにクルーガーを見た。
「帝国全土を滅ぼすって思想は、絶対に許さない。ましてや、エザフォスの力でだ。……お前、自分がどれだけ狂ったことを言っているか、分かっているのか?」
嵐や吹雪は、建物の中にいれば安全。火災は水で消せる。
しかし、地震が相手ではなす術がない。
アネモスの言う通り、エザフォスの力は存在していいものではない。
「……私はもう、まともではない」
静かに耳を傾けていたクルーガーから、含み笑い。
「邪魔をするなら、死んでもらう」
拒絶の言葉と同時に、空気が震えた。
「まさか」と、シキは目を見開く。
ペンダントから、黒い靄が立ち昇っている。
それは昨夜、見た時よりも濃く、この上ない禍々しさを放っていた。