1-4.カエルム修道院
「神父のツァルト・クルーガーです」
低い声に穏やかな口調。ゆったりとした仕草は、シキが思い描く神父そのもの。
背が高く、体格が良い壮年の男だ。
「遅くなってすみません」
「お気になさらず。空きのあるお部屋に、ご案内しましょう」
こちらへ。とクルーガーは歩き出した。
「しかし、サミット中に到着されるとは珍しい」
「知り合いに不幸があったもので、一足遅れてしまいました」
ありがちな言い訳だが、クルーガーは素直に受け取る。
「そうでしたか……。そのお方に祈りを」と、会釈した。
「こちらがお部屋になります。シャワールームはあちらです。夕食も準備していますが、IMO隊員の夜間外出は禁止されていないので、外で召し上がっても構いません」
IMOの受け入れに慣れているのだろう。神父というより、ホテルマンのようだ。
「お世話になります」
「何かありましたら、遠慮なくおっしゃって下さい」
失礼します。と一礼し、ツァルトは去った。
扉をノックすると、すぐに返事があった。
十名ほどが、足を伸ばして眠れる部屋だ。
ベッドはなく、カーペットの上に持参の寝袋を敷いて眠るらしい。
IMO隊員は一週間前にサクスム入りし、宿泊場所はサミット会場内の宿舎か、この修道院に振り分けられる。
室内には五名の隊員。この時間にいるということは、早番のグループだろう。
不在の隊員は、夜遊びに出掛けたのだろうか。
見たところ、若者五名は新入りだ。五つの視線が、シキに集中した。
「訳あって、今日から一緒に雑魚寝します」
よろしく。と愛想笑いを浮かべ、シキは空いている場所へ。
寝袋とトランクを置き、一息ついた時だった。
「あの……。あなたって、第一分隊の……」
一人の青年が、いつの間にか背後にいた。
「あ、そうそう。よく知ってるね」
「『ジャガー』さんですか!? ほんとに!?」
その言葉に、残りの四人が割って入る。
「もしかして、IMO最強って人!?」
「本当に存在してたんだ……」
「え、この前までクローネにいませんでしたっけ? なんで、ここにいるんですか?」
「まさか、任務が終わったんですか?」
「えぇ……」
矢継ぎ早の質問に、シキは両手を上げて制する。
IMO本部や演習に、滅多に姿を見せない。
常に世界各地を飛び回り、高難度な依頼を易々とこなす。
髪色のせいで老人だとか、名前のせいで東洋人だとか情報があやふや。
そんな逸話のせいで、IMO隊員の中で『ジャガー』という男は、未確認生物として扱われている。
「すげぇ! こんなところで会えるなんて!」
「誰だよ、ジャガーさんのこと年寄りだとか言った奴」
未知との遭遇に、若者たちは興奮を隠しきれない。
髪を染めていて良かった。とシキは思った。
老人だと噂が立っていたのは、銀髪のせいだろう。遠目で見ると白髪に見えなくもない。
「それで、クローネの件はどうなったんですか!?」
シキという男を知らずとも、第一分隊があの騒動に関わっている。というのはIMO内では有名な話だ。
「そっか。君らはサクスムに前入りしてるから、クローネのことは知らないのか」
うーん。とシキは思案した。
黙っていても逃げられないし、憶測を他の隊員たちに触れ回っても困る。
ならば、答えは一つしかない。
「クローネは奪還したよ。ザミルザーニも倒した」
後者の言い方には語弊があるだろうが、そのうち分かること。
イェー! フゥゥ! と感嘆詞が飛び交う。
「詳しいことは言えないし、公表もしていないから他言は無用ね。それに、今回の騒動は多くの国や人々を巻き込んだ。大勢の人も亡くなった。……面白おかしく、誇って話せることじゃない」
最後の言葉は、少しだけ鋭さを含む。
シキの牽制に気付いたのか、若者たちは萎縮した。
「……すみません、無遠慮に聞いてしまって」
「配慮が足りませんでした」
口々に呟くと、若者たちは頭を下げる。
「わかってくれればいいよ。見たところ、君らは新入りかな」
「あ、一ヶ月前に入隊しました。僕ら、同期で初任務なんです」
「やっぱりね」と、シキは頬を緩めた。
「ここに来てずっと緊張してましたけど、ジャガーさんのおかげで頑張れそうです」
まだまだ青いが、根は悪くない若者たちだ。
「なので傭兵のこと、色々と教えてください!」
お願いします! という声とともに、若者たちの目が輝く。
暑苦しい気迫に「これは睡眠不足だな」と、シキは苦笑した。