2-2.砂嵐を呼ぶ男
「え……?」
身を震わせ、ペルフェは一歩下がった。
冷え込む夜だというのに、額から冷や汗が伝う。
「早くしろ、こいつを殺されたいのか?」
巨漢の目配せとともに、背後の男が動く。アルバの後頭部に、拳銃の銃口が当てられた。
「やめて!」
唇を噛み、ペルフェはラピスラズリを掴む。
留め具が壊れたペンダントが、巨漢の手に落ちた。
「どうぞ」と、巨漢はフードの男へ渡す。
どうやら、リーダー格らしい。
「そのペンダントに、なんの価値があるんですか……?」
一歩踏み出し、ペルフェは声を張り上げた。
頬杖をついたまま、リーダー格は何も答えない。
巨漢に耳打ちすると、ペンダントを懐へしまう。
太めの男が、ペルフェの背後に立つ。
むくんだ手が、細い右手首を掴んだ瞬間──。
「触らないでッ!!」と、鋭い声が上がった。
手首を捻り、男の手を逃れた。隙を逃さず、金的を繰り出す。
いくら体を鍛えようとも、あそこだけはどうしようもない。
太めの男は膝をつき、激痛に悶えた。
バチン。と巨漢の平手打ちに、ペルフェは体制を崩す。
そのまま拘束され、床へ叩きつけられた。
「ペルフェ!!」と、アルバは悲痛な叫び。
「触るな!! ぶっ殺してやる!! クソがッ!!」
唾を撒き散らし、獣のような怒号が上がる。
しかし、手出しはできない。
思い人が縛られるのを、歯を食いしばり見つめるだけ。
「きゃっ!」
ペルフェは蹴飛ばされ、アルバの前に膝をついた。
「ごめんね、私のせいで」
痛かったよね。と呟く目には、涙の膜。
「……なんでだよ、なんで来たんだよ! 俺なんか放っておけよ!」
痛みに耐えるように、アルバは目を強く瞑った。
「そんなこと言わないで。……あなたは、私の──」
その先の言葉は、轟音にかき消された。
両開きの扉が、勢いよく開いたのだ。
蝶番が外れた扉は、紙切れのように軽やかに飛ぶ。
吹き込んだ暴風に、シャンデリアが大きく揺れた。
「なんだ!?」
風は砂を巻き込み、砂嵐となって男たちを襲う。
「伏せろ!」と、アルバが叫ぶ。
ペルフェは目を閉じ、肩で顔を隠し耐えた。
さらに、砂嵐に紛れ、何かが飛び込んだ。
吹き荒ぶ暴風の中、次々と悲鳴が上がる。誰かが発砲したらしく、銃声が響いた。
エントランスを引っ掻き回し、窓を割って風が去る。
たった数秒で、建物の中は砂まみれ。その上、男たちが大の字で倒れていた。
しかし、リーダー格はどこにもいない。
かと思えば、意識のない巨漢がもそりと動き、その下から現れた。
巨漢を盾にした上に、フードを被っていたせいか無傷だ。
「外の連中も制圧した。あとは、あんただけだ」
風にさらわれなかったサーチライトが、一人の男を照らした。
それは、義姉弟のよく知る人物。
「……シキさん」と、ペルフェは刮目した。
「どうして?」
「話はあとにしよう」と微笑み、シキは首を振った。
「アルバを人質に取るとはね。……あんた、どこまでも腐ってるな」
一切の感情のない瞳が、リーダー格の男へ向けられる。
「クルーガー神父。もうやめましょう、こんなこと」
「えっ!?」
義姉弟は、同時に男を見た。
「……始末したと思っていたんだがな。しくじったか」
ようやく、男が声を上げた。普段の彼からは、想像もできない冷たい声。
フードを外し、顔があらわになった。
「うそ……」と、ペルフェは戦慄した。
血管が浮き出た筋肉質な腕には、例のタトゥー。無造作に掻き上げた黒髪。
そこには清廉な神父ではなく、屈強な戦士がいた。
紛れもなく、ツァルト・クルーガーその人である。
「強盗もストーカーも全部、そいつの差金だ。ペンダントを奪うためだろ?」
「……お前も、ペンダントの正体を知っているのか」
シキの問いに、クルーガーの片眉が上がる。
「そいつは壊さなきゃいけない。渡してもらおうか」
「断る」と、クルーガーは鼻で笑った。
「これは誰にも渡す気はない。この力さえあれば──」
ペンダントを握りしめ、天へかざす。
充血した鳶色の目は、狂気をはらんでいる。
「ケルツェ人の誇りを取り戻せる」
そうだろ? と呟く、シキの目は冷めていた。