3-4.渾身の
「まさか、あなたは……」
昨日の。と黒目を見開き、ペルフェは一歩後ずさる。
「こんなところに、いたんだね……」
探したよ。と笑いながら、男は一歩踏み出した。
足を引きずっている。それだけで、男の正体がわかった。
二階から飛び降りた際に、足を痛めたのだろう。つまり、昨日の侵入者だ。
シキは拳を固め、地を蹴った。
この距離であれば一歩で間を詰め、男を殴り飛ばせる。
しかし──。
「来ないでッ!!」と、ペルフェの怒鳴り声。
男の顔に、渾身のストレートがめり込んだ。
「ぐふぅ」と呻き、男は数メートル先へ吹き飛ばされる。
転がったあと、鼻血を垂らし気絶した。
「ありゃ」
これには、シキは驚きの表情。
「この人、昨日の犯人です!」
鼻息荒く、ペルフェは男を指差す。
「……警察、呼ぼうか」
男が生きていることを確認し、シキは苦笑した。
※
穏やかな港町は一転。
捕物の瞬間を見ようと、周辺住民が顔を出す。
未だ目が覚めない男は、警官に両肩を掴まれ、車に押し込まれる。
次に目を覚ました時は牢屋にいるとは、夢にも思ってもいないだろう。
「まさか、次の日に接触してくるとは」
走り去る車を見送り、刑事は呆れ笑い。
「ここまでくると、ただの馬鹿ですね。ともかく、事件は解決しました。あとは、こちらで絞りますから」
では後ほど。と会釈し、刑事は去った。
まずは修道院に戻り、事件解決を報告せねば。
そのあとに、警察署での事情聴取となった。
「いやー、いい一撃だったね」と、シキは両目に弧を描く。
「忘れてください! 取り乱しました!」
赤面のペルフェは、大慌てで両手を振った。
「でも、すっきりしたでしょ?」
「それは……否定できません」
ペルフェは手扇で、顔に風を送る。
おもむろに膝を落とし、両手を胸の前で組んだ。
「私は人を殴ってしまいました。主よ、どうかお許しください」
「おぉ……」
シキとアルバは、冷めた顔だ。
善悪がはっきりしたこの状況でも、神に許しを乞うとは。
「何やってんだよ、さっさと戻ろう」と、アルバはペルフェの腕を掴む。
「犯人は逮捕されたし、俺はお役目御免かな」
後頭部で両手を組み、シキは歩き出した。
「あ、そうですよね。短い間でしたけど、ありがとうございました」
「とはいえ、俺は何もしてないし。役に立たなかったねぇ」
「でも、昨夜は一緒にいてくれたので、安心して眠れましたよ?」
「……は?」
その言葉に、アルバの目が邪眼に変わる。
「違う違う、語弊があるな」
ドス黒い殺気を感じ取り、シキは即座に距離を取った。
その様子を見て、ペルフェはくすくすと笑う。
「なんだか二人とも、兄弟みたい」
「なんで、そう見えるんだよ!」と、アルバは不満げだ。
「いいじゃない。ほら、帰ろうよ」
軽やかな足取りで、ペルフェは坂を登る。
「……ありがとう」
あとを追うシキの耳に、そんな言葉が飛び込んだ。
振り返れば、生意気な弟分しかいない。
「昨日もそうだけど、さっきも……」
声の主は、やはりアルバだったようだ。
「俺、何もできなかった」
だから、いつもペルフェに守られてた。と呟く顔には、悔しさが滲む。
「……いいんじゃない」と、シキは目を伏せた。
「お前は、誰よりもペルフェのことを想ってる。それだけで十分だ。……戦えないなら、守ってやれ」
「守る……」
アルバは緑色の目を見開き、小声で復唱。
「いつか、そんな日が来るといいな」
楽しみだ。と笑い、シキは坂を登った。