3-3.一世一代の?
皿からはみ出すほどのステーキを平らげ、シキ一行は店を出た。
あの量を完食するとは、ペルフェの胃袋は侮れない。
「……帰る前に、海に行ってもいいですか?」
カモメの鳴き声に、ペルフェは振り返った。
「もちろん。……おい、アルバ」と、シキは手招き。
「お前が隣を歩け。俺はうしろから見てるから」
有無を言わさず、アルバの背を押す。
坂を下れば、目の前は海。
水面は波ひとつない。鏡のように、青空を映し出していた。
沖合まで防波堤が続き、無数の漁船が停泊している。
「二人で海に来るの、久しぶりだね」
潮の香りを肺に溜め、ペルフェは沖を見た。
「……初めて、海を見た時は感動した。ザイデには海がないから」
防波堤に身を預け、アルバは目を細める。
わずかに目尻が下がり、穏やかな印象を受けた。
「あぁ、あの時か。泣いてたもんね?」
「俺の見てきたものは、焼け落ちた家に畑。灰色と黒ばかりだったから。……だから、赤い大地に青い海、緑の茶畑。何もかもが新鮮だった」
海を見つめる目には、憂いの光が浮かぶ。
「つらかったよね。アルバがうちに来てくれて、本当に良かったよ」
「……家には寄らないの? せっかく、近くまで来たのに」
うつむいたアルバが、ポツリと呟く。
「おじさんとおばさん、すごく心配してると思う」
「うーん」と、ペルフェは瞑目した。
「電話したから大丈夫。この程度のことで、心配されても困るよ」
「……我慢してない?」
「子供じゃないんだから」と、ペルフェは笑う。
その肩を、アルバの両手がガッチリと掴んだ。
「この際だから言っておく。……お前、誰にでも愛想振りまいてんじゃねーよ!」
その言葉に、ペルフェはきょとん。とした表情になった。
「男が勘違いするんだよ! だから、今回みたいなことになるんだ! 俺は、ずっと心配だった!」
だから! とアルバは言葉を切る。
「あんまり、他の男に笑いかけないでくれ……! 俺は、一人のお、お──」
おぉ。とシキは腕組みを解く。
気配を消し、遠巻きに見つめていたのだ。
「お、弟として、心配なんだっ!」
ズコー。と体勢を崩し、シキは壁に身を預けた。
今すぐ訂正させよう。と一歩踏み出した時──。
「……ごめんね」とペルフェから、弱々しい声。
「私、アルバにそんな心配をかけさせてたんだね。……反省しなきゃ」
くしゃりと顔を歪め、ペルフェは笑う。その笑顔は、どこか寂しげだ。
「思えば、兄さんたちにも言われたなぁ。お前はもっと、ガードを固くしろって」
「そ、そうだよ! 兄貴たちだって心配してるんだ!」
一歩下がり、アルバは何度も頷く。
一世一代の告白。否、意見を言ったせいか、顔が真っ赤だ。
「わかった、明日からはクールに振る舞うよ」
言ってくれてありがとう。とペルフェはうしろ手を組む。
「……おい、ヘタレ」
アルバの肩を掴み、シキはドスの効いた声。
「……半分は言えた」
「半分はな。なーにが『弟』だ、何も進展してねぇじゃねーか」
「……うるさいなぁ!」
わかってんだよ! と頭を掻きむしり、アルバは苛立ちを見せた。
「クッソ! 俺はカスだ、カス以下だ!」
「そこまでは言ってない」
アルバから手を離し、シキは深いため息。
「どうしました? 早く行きましょう!」
先を行くペルフェは、ぶんぶんと手を振る。
その時──。
「ペルフェちゃん……」という声とともに、背後に人影。
そこには、見知らぬ中年の男。
だらしのない弛んだ笑顔は、人によっては不快に思うだろう。
「あなたは……」
振り返ったペルフェの喉が、ヒュッと鳴った。