3-1.気晴らしに
正午を告げる鐘の音で、シキは目を覚ます。
ミシンの音がぴたりと止み、修道女たちは作業を中断した。
「おはようございます」と、誰かが声をかけた。
「んあ……もう昼か」
シキは目を瞬かせ、焦点を合わせる。目の前の修道女は、ペルフェだった。
「お疲れですよね」
すみません。とペルフェは、眉尻を下げた。
「気にしない、気にしない」
立ち上がると、シキは大きな背伸び。
ずっと座っていたせいか、バキバキと身体中の骨が鳴る。
「……あのう、お願いがあるんですけど」と、ペルフェは両手を組んだ。
「午後から、雑貨の納品に行ってもいいですか?」
そう言って、カゴに入った雑貨──コースターを見せる。
「構わないけど。ペルフェは大丈夫なの?」
カゴとペルフェを交互に見やり、シキは首をかしげた。
「平気です。むしろ、修道院にこもっていると雑念が湧いてきて……。あ! 許可はとってありますから」
「私からも、お願いします」と、背後で声。まとめ役の修道女だ。
「昨日の今日だっていうのは、承知しています。でも、彼女が外に出たいと言うなら、出してあげたいんです」
「……分かりました。彼女はお任せください」
心が強いのだろう。普通だったら、怖くて外に出られない。
ペルフェの勇気に、シキは感心した。
「感謝します。ペルフェ、これを──」
そう言って、修道女は手のひらサイズの巾着を差し出す。
チャリ。と中身が鳴り、ペルフェはハッと顔を上げた。
「お金……ですか?」
「えぇ、外で食べてきなさい。神父様もぜひと。少しは、気晴らしになるでしょう?」
「ですが……」と、ペルフェは驚きを隠せない。
清貧を重んじる聖職者にとって、贅沢はもってのほか。
「傭兵さんと、外で待ってる彼の分も入ってるから」
彼らへのお礼ですよ。と微笑み、修道女は踵を返した。
「いい人たちだね」
一部始終を見守っていたシキは、目を細める。
「……はい」と呟く、ペルフェの声は揺れた。
「行きましょう」
振り返った顔は、いつも通りの明るい笑顔。
ようやく、本来のペルフェに戻りつつあった。
「シキさん、何が食べたいですか?」
「えぇ? そこは、ペルフェが食べたいものでいいんじゃない?」
「じゃあ、お肉にしましょう!」
るんるんとステップを踏み、ペルフェは拳を掲げた。
廊下を抜け、エントランスへ出た時。
「ペルフェ!」と、長身がベンチから立ち上がる。
「アルバ? どうしたの?」
「もちろん、心配で来たに決まってるだろ! 昨日は警官に追い返されちゃって」
「大丈夫だよ。シキさんが、警護についてくれることになったから」
「そっか……」
安堵するも、アルバはどこか悔しそうだ。
「……あ。『彼の分』って、アルバのことじゃない?」
修道女の言葉を思い出し、シキは両手を叩く。
その言葉に、ペルフェの目が弧を描いた。
「そっか! アルバ、お腹空いてない? ご飯に行こうよ!」
「え? ちょ、ペルフェ!」
腕を掴まれ、アルバは一緒に駆け出す。
──恋人同士にしか、見えないじゃないか。
その様子を見やり、シキは口角を上げた。