2-4.警護の傍ら
礼拝の最後──締めの言葉で、シキは回想から戻った。
修道女たちと一旦別れ、朝食をとりに食堂へ。
しばらくは複数人で行動するため、ペルフェは安全だろう。
午前中は、何事もなく時が進んだ。
今日の奉仕活動は裁縫。作った衣類は、難民キャンプへ送るらしい。
余った端切れで、コースターやバッグを作成。わずかではあるが、修道院の収入源となる。
作業部屋の外、ベンチに座るシキの手には、デースペルの地質をまとめた本。
警備の合間を縫って、爆速で買ってきた。
なんでも、聖地周辺は地盤が強いらしい。
あの辺は、サンゴ礁が隆起した地盤──石灰岩だ。石灰は水を含むと固まり、地盤を強固にする。
そのためか、かつての大震災でも塔が倒壊することはなかった。
先人たちは、それをわかって建設したのだろう。
『昔の人ってのはすごいね』
ページをめくり、シキは組んだ足を組み替えた。
『人間の技術には驚かされる。塔はもちろん、聖地に水路を引き、緑豊かな場所にしたのだからな』
獣人が認めるわけだ。とアネモスは感心した声。
『採掘の許可も与えられのだから、心底、サクスムの人間は信頼されていたのだろう』
『……大震災のあと、多くの炭鉱夫たちがデースペルへ渡り、アリステラ復興の一大事業が始まった』
シキは、次のページをめくる。『エネルギー革命の訪れ』という見出しだ。
『石炭や鉄鉱石を採掘し、アリステラへ輸出。復興事業からのエネルギー革命の始まりは、デースペルからだった』
多くの犠牲が出たがな。とアネモスは呟く。
鉄の原料である鉄鉱石は、車や船、鉄道を造るための基礎。
石炭は工場や船、鉄道の動力。あるいは精錬や薪に使用される。
どちらも、生活のほとんどを担っていた。
採掘は死と隣り合わせ。炭鉱及び鉱山では、落盤やガス爆発により多くの命が失われた。
犠牲となったのは一攫千金を求める男たちに、金と居場所を欲した被災者たち。
『それで、破壊する場所は決まったか?』
アネモスの言葉に、シキは頷いた。
『聖地の北西にある、廃鉱山はどうだろう?』
『市街地から距離もあるし、地盤も強い。良いのではないか?』
その時、コツコツと足音。
シキが顔を上げた先には、クルーガーがいた。
「おや、地質学にご興味が?」
足を止め、クルーガーは本を一瞥。
「ええ。アリステラとは違う赤い大地は、とても興味があります」
シキは頷くと、適当に答える。
残渣の破壊場所を探しています。などと言えるわけがない。
「ここらの地質は鉄鉱石由来の、酸化鉄が多く含まれていますからね」
細かい砂は厄介です。とクルーガーはため息。
「かつては、鉱山がたくさんあったとか。聖地の近くにも、大きな鉱山があったとは驚きです」
情報を得るため、シキは話題を振る。
「ピルゴス鉱山ですね。坑道内部は崩落の危険があるため、立ち入り禁止となっています」
「そうなんですか?」と、シキは目を瞬かせた。
「それに、外の建物も放置され崩壊を待つばかり。非常に危険な場所です」
決して立ち入らぬように。とクルーガーは首を振った。
「では、ペルフェのことをよろしくお願いします」
会釈とともに、クルーガーはエントランスへ。今日は、市内の礼拝堂で説教をするらしい。
足音が、聞こえなくなったあと。
『……どうする?』と、アネモスの声。
『別に、坑道に入るわけじゃないし』
ちょっとくらい、いいんじゃない。とシキは本を閉じた。
断続的な足踏みミシンの音は、どこか心地よい。
シキは、こくりこくりと船を漕ぎ始めた。