2-3.可能性
事件から一夜。
小鳥のさえずりとともに、修道院に穏やかさが戻った。
いつもと変わらない鐘の音が、午前六時を告げた。
修道女たちは礼拝堂に集い、朝の祈りが始まる。
『長い夜が明け、朝とともにあなたが来る。
どうか、あなたの光で私を照らしてください。
どうか、私をお守りください。あなたに祈り、感謝します』
シキは礼拝堂の隅で、ペルフェを見ていた。
神が守ってくれれば楽だけど。と不敬なことを考えながら。
ペルフェは普段と同じく、午前五時に起床。
身支度を整え、修道女の装いに袖を通す。
礼拝は欠かせたくない。という気持ちを汲み、シキも同席することとなった。
その際、ペルフェとシキは、いくつかの取り決めを結んだ。
修道院内での奉仕活動は許可。ただし、複数人での行動をとること。
聖衛兵の職務はしばらく休止。上官も事情を理解し、心配してくれたとか。
外出の際は、シキとともに行動する。ずっと引きこもっていては、心身に悪いだろう。
結局のところ、ストーカーなのか物盗りなのか不明。
だが、シキの中では、ある一つの懸念が渦巻いていた。
※
それは、昨夜に遡る──。
落ち着いたペルフェが、書斎に戻ったあとのこと。
小さなランタンを光源に、シキは手帳にペンを走らせる。
『手が届きそうな場所にあるというのに、口惜しいな』
アネモスの言葉に「あぁ」と、シキは書斎を見た。
『とりあえず。彼女の手元に、ペンダントを残せたのは上出来だ』
『これからどうする? やはり、彼女に事情を話して破壊するか?』
『……そうだな。だけど──』と、シキはペンを回した。
『まずは、破壊する場所を探さなきゃ。……エザフォスの暴れ方は、なんとなくわかった』
地震だろ? と小さな声を出す。
『さよう。言い換えれば、奴にはそれしか残されていない』
『……市内で壊せば、多くの市民を巻き込むことになる。……アネモスは昔、どうやって残渣を破壊した?』
『空を飛んだ。空中で、残渣を破壊した』
斜め上の答えに、シキは吹き出す。
『あんたにしかできないよ。……それともなんだ、俺も空を飛べるのか?』
『無理だな。お前は実体のある人間だ。……まぁ、体から魂を解放すれば、空を飛べる』
『それって、実質的に死ぬってことだよね』と、シキは苦笑。
『四人の気象兵器は皆、大昔に体を捨てたぞ。……お前は、体を手放すことが嫌か?』
アネモスの問いに、シキは答えない。
『……お前が体を手放せば、私の力は全てお前に継承される。……そして、私の意識は消滅する』
それが嫌か? とたたみかけた。
『……人間の俺が、神だの守護者だの崇められることに順応できると思うか? 崇められるのはアネモスでいい。俺は、この力を正しいように使うだけ』
ただ純粋に、アネモスに消えてもらいたくない。というシキの屁理屈。
『……全く。お前という男とは、実におかしいものよ』と、アネモスは笑った。
『誉や名声に固執せず、己の正義のみに従うか。……そういう男がもう一人、おったな』
『……あっちの方が、ずっと立派な奴だった』
目を細め、シキは頬を緩めた。
仇を取りたい。という個人的な理由で、気象兵器になったシキ。
対して──。世界を救いたい。という無限の慈悲だけで、気象兵器を欲した男がいた。
『あぁ、話が脱線しちまった』と、シキは首を振る。
『とりあえず、ペルフェの警護を行いながら、破壊に最適な場所を探す』
『地震といっても、災害級のものは起こせないはずだ。郊外かつ広くて、地盤が強い場所を探せ』
『わかった』
手帳を閉じ、シキはベッドに寝転んだ。
すぐに寝るわけではなく、天井を見つめたままポツリと呟く。
『……あのさ、物盗りやストーカー以外の可能性って、考えられない?』
『それは、私も思っていた』
さして驚くことなく、アネモスは淡々と返す。
『やっぱり、そうだよな。……ペルフェを狙う奴は「残渣の存在を知っている」かもしれない』