2-1.お守り
「シキさんのおっしゃる通り──」
しばらく経って、ペルフェは口を開いた。
「実家に強盗が入り、何も取らずに逃げました。そして今度は、私の部屋に侵入しました」
ペンダントを握りしめ、膝の上に置く。
「狙いは、この石かもしれません」
「……しかし、その石にどんな価値が?」と、クルーガーは首をかしげる。
「元は祖母の持ち物で、私が聖衛兵になった時、お守りにとくれたんです」
「おばあさんは、他に何か言ってなかった?」
ルイボスティーを口に含み、シキは乾燥した喉を潤す。
残渣との対峙で、無意識に緊張していたらしい。
「かなりの年代物だと言っていました。祖母はニ年前に亡くなったので、詳しいことは分かりません」
「そっか」と、シキはソファに沈む。
ここで真実を話せば、間違いなく混乱するだろう。
かといって、理由をつけて預かるわけにもいかない。
先ほどの黒い靄を見る限り、残渣はシキを警戒している。
「このこと、刑事さんに言った方がいいですよね?」
うーん。とシキは、目を瞑った。
証拠品として押収されれば、余計に手が出せなくなる。
ここは、なんとしてでもペルフェの手元に置いておかなければ。
「……そこまでしなくても」と、首を振った。
「個人的な意見だけど、そのペンダントが狙いとは思えない。だって、ラピスラズリの市場価格って安いでしょ?」
大量に採掘できるラピスラズリは、顔料として絵画や遺物に使用されるほどの汎用性を持つ。
顔料は『ウルトラマリン』と呼ばれ、深みのある青が特徴だ。
「確かにそうだ」と、クルーガーも同意。
「それに、おばあさまの形見なんだろう? 警察に渡してしまえば、いつ戻ってくるかわからない。私は、お守りの力は侮れないと思っているよ」
それに。とシキを見た。
「今は、こうしてセトウさんが守ってくれる。手元に置いていても大丈夫だ」
「そう……ですよね。肌身離さず身につけていた物がなくなると、不安になりそうで」
ペルフェの顔が、少しだけ明るくなる。
ペンダントのせいじゃない。という言葉が効いたらしい。
「大丈夫。犯人は必ず捕まるよ」
「私も、微力ながら協力しますね。神聖な修道院を、これ以上荒らされるわけにはいきません」
クルーガーは拳を固め、力強く頷いた。
「とりあえず、今日は休もうか。俺はここで寝るから、ペルフェは向こうの部屋ね」
談話室の先には、神父の書斎。
簡易ベッドを持ち込み、今日は書斎での就寝となった。
「気にしないでくれ。私なら、どこでも仕事はできるから」
そう言って、クルーガーは書斎へ。
「雨戸を閉めたから、昼間も暗いけど我慢してくれ。あと、釘を打っておいたから簡単には外れない」
窓を揺すり、得意げな顔だ。
「寝る時は、扉を少し開けておいてね」と、シキは立ち上がる。
ソファに枕と毛布を放り投げれば、就寝準備は完了だ。
「本当に、ご迷惑をかけてすみません」
恐縮気味に、ペルフェは寝具を手に書斎へ。
就寝の準備を始めたと同時に、クルーガーがシキに寄る。
「セトウさん」と、声を潜めた。
「アルバには気をつけてください」
「……えっ?」
「この間、見たんですよ」
ペルフェに聞こえないよう、二人は談話室の隅へ。
「あの子、古物商の通りに出入りしています。……そこは、盗品を扱っているとの噂もあります」
「……まさか、彼が強盗犯だとでも?」
遠回しな表現だが、シキが理解するには早い。
節約している。というアルバの言葉が脳裏をよぎる。
つまり、金に困っているということだ。
「それは分かりません。ですが、ペルフェへの異常な執着心もご存じでしょう? 気をつけた方がいいかと」
「……そうですね。注意します」
物盗りにしろストーカーにしろ、アルバには動機が十分あるらしい。
「それじゃ、おやすみなさい」
何も知らないペルフェが、書斎から顔を出す。
「おやすみ」
二人はとっさに、作り笑顔を貼り付けた。