1-2.守る者は
通報から十分後──。
警察が到着し、修道院は物々しい雰囲気に包まれる。
二階には規制線が張られ、警官が出入りしていた。
ペルフェを始め、その場に居合わせた人物たちは事情聴取を受けた。
「現場の状況から、物盗りと見て間違いないですね。ですが──」
年配の刑事は、手帳から顔を上げる。
「鍵をこじ開けた形跡がありませんでした。つまり犯人は、マスターキーを拝借できる人物となります」
その言葉に、修道女たちが顔を見合わせた。
「まさか、我々の中に犯人がいると、おっしゃりたいのですか?」
まとめ役の修道女が、ありえないという風に首を振る。
「いいえ。侵入者は男だと、ペルフェさんの証言があります。……なので、この中で男といえば──」
刑事はちらりと、シキとクルーガーを見た。
「俺たちに犯行は無理です」と、シキは即答。
「一番に駆け付けたのは、俺と神父でしたから。ですよね?」
「えぇ。二階に上がる途中で、三階からシキさんが駆け降りてきて、合流したんです」
シキの目配せを受け、クルーガーは何度も頷いた。
「ふむ……。でしたら、マスターキーの保管場所を教えてください」
「こちらです」と、ふくよかな修道女が立ち上がる。
警官を伴い、談話室を出た。
「あとは、男の宿泊客を当たるか。……しかし、物盗りの他に、もう一つ理由があるかもしれません」
手帳に走り書きをすると、刑事はペルフェを見た。
「……ペルフェさん、あなたを狙った可能性が高い」
「えっ」と、ペルフェの顔が引きつる。
「あなたは、多くの市民から慕われている。それに女性聖衛兵として、メディアに取り上げられたこともある。熱心なファンがいてもおかしくはない」
「……それって、ストーカーってことですか?」
「えぇ。あれだけの部屋があって、あなたの部屋だけが狙われた。これはもう、あなたが目当てとしか言いようがない」
「そんな……」
わなわなと唇を震わせ、ペルフェは視線を落とした。
「今夜は、修道院内に警官を配備しましょう。それと、あなたの身辺警護は──」
「俺がやります」と、シキが片手を上げた。
「さっきも言いましたが、俺は傭兵です。修道院には長期滞在中なので、適任かと」
「まぁ、確かにIMOのことは存じ上げていますが……」
困ったな。と刑事は、無精髭の生えた頬をさする。
「彼はシロだと、わかったはずです。それに、巷を騒がせている強盗の件で、警官が足りないと聞いていますよ」
クルーガーの援護は、なかなか効きそうだ。
「……私からも、お願いしたいです」と、ペルフェから小さな声。
「今は、知らない人を頼るのが怖いです。顔見知りの方が安心できます。……いいですか?」
「……分かりました。では、IMOに要請するという形で、手続きをさせてもらいます」
決定打になったらしく、刑事は小刻みに頷いた。
サミット警護が恒例となったIMOの存在感は、サクスムでは非常に大きい。
警察内では、IMOは信用に足る組織だと認識されている。
「なら、俺から本部に連絡させてください。そっちの方が早く済む」
「私も同行します」
ソファから立ち上がり、シキと刑事は廊下へ向かう。
エントランスでは数人の野次馬が、警官からの説明を受けていた。
「セトウさん」と、刑事が声を掛けた。
「実は、ペルフェさんの実家──ラピス家に、二週間前に強盗が入ったんです。何も盗られませんでしたが、使用人が殺害されました」
「えぇ?」と、シキは振り返った。
事前に知っているので、もちろん芝居である。
「今回の件との因果関係は不明ですが。……ペルフェさんのご両親は、カルボ市の有力者。どうか、細心の注意を払ってくださいね」
「……えぇ、もちろんです」
大きく頷くシキだが、内心は冷めていた。
娘に何かあれば、両親が黙っているはずがない。
怒りの矛先は、警察に向けられる。しかし、傭兵が身辺警護を志願したため、責任逃れができる。
警察からすれば渡りに船。というところだろう。
「犯人は必ず見つけ出します。気づいたことがあれば、必ず報告してくださいね」
「お任せください」
妙な展開となったが、むしろ都合がいい。ペルフェに接触できる機会が増える。
受話器を取り、シキは交換手へ繋げた。