1-1.揺れ動く
【ここまでのあらすじ】
多忙な修道女、ペルフェの調査は難航中。
そんな時、義理の弟・アルバが登場。
彼はレヒトシュタート帝国から迫害を受けたザイデ人であり、戦争孤児としてサクスムに来た。
その後、ペルフェの実家に引き取られたという。
義姉に慕情を抱きつつ、義弟であることに苦悩していた。
炊き出しに観光、なぜか恋愛相談……。
シキが、残渣にたどり着く日は来るのだろうか?
手懐けたアルバと、別れたあと──。
昼過ぎに、シキは修道院へ戻った。
「……俺は、何をしているんだ?」
ルームキーをベッドに放り、ソファに座る。
「炊き出しは良いとして。観光からの恋愛相談?」
なんなんだよ。と髪をかき上げ、苛立ちをあらわにした。
「物事が進まないことに、いらつく気持ちはわかる」
言葉とともに、シキの胸から光の球体が飛び出す。
「だが、修道女が相手では仕方あるまい」と、アネモスは首を振った。
「……わかってるよ。ちょっと焦ってただけ」
誰かに当たっても、己に腹が立っても何も変わらない。
深い吐息とともに、シキは天を仰ぐ。
「どうすっかな」
天井の一点を見つめ、考えを巡らす。徐々に視線が下がり、目が閉じた。
「色仕掛けで落とせばいい。お前さんなら容易いこと」
囁くアネモスの顔は十中八九、からかっている表情だ。
「やめて、アルバに殺されるから」
裏切りじゃないの。とシキは即答。
「……ダメだ、盗むしか思いつかない。犯罪行為になっちまう」
「なら、我慢して調査を続けるのだ」
「はぁ……」
降参のため息を吐き、シキは腕時計を見た。
「そういえば。ペルフェ、今日は聖衛兵の仕事だって言ってたな。そろそろ帰ってくる頃か」
「なら、偶然を装って捕まえればいい。今度はお前さんから、何かを誘ってみたらどうだ?」
「だから、そうやってからかうのは──」
──きゃあっ!!
女の悲鳴が、会話を遮った。
二人は顔を見合わせ、すぐに立ち上がる。
アネモスは球体となり、シキへ戻った。
声は下階から。階段を駆け降りる途中で、クルーガーが駆け上がってきた。
「二階です! あの声はペルフェだ!」
肩を大きく上下させ、クルーガーは廊下を走る。
「えぇ!?」
なおさら急がねば。とシキは、目を見開いた。
二階は立ち入り禁止だが、この状況ではどうでもいい。
「ペルフェ!」とクルーガーが、足を止めた。
開いたままの扉の前に、ペルフェが立ち尽くしている。
両手を胸の前で組み、顔は青ざめていた。
「どうした? 何があった?」
「だ、誰かが、私の部屋にいて……」
焦点の定まらない目を泳がせ、ペルフェは呻く。
「ちょっと入るよ」
二人は廊下へ。と片手を上げ、シキは扉を大きく開けた。
修道女の部屋はワンルーム。
パイプベットに、本棚とクローゼットと机のみ。
いずれも引き出しが開け放たれ、家探しの痕跡が残っていた。
両開きの窓が開いており、カーテンが風に揺れている。
シキは、窓から顔を出した。真下の植え込みが荒れている。
高さはそんなにない。侵入者は、ここから飛び降りたのだろう。
「……誰もいない。もう逃げたみたいだ」
窓を閉め、シキはペルフェへ振り返った。
「侵入者の顔は見た?」
「マスクで、よく分かりませんでした。でも、体つきは男だと」
「何もされなかった?」
「すぐに逃げて行きました。だから……」
大丈夫です。と消え入りそうな声で、ペルフェは頷く。
悲鳴を聞きつけた、他の修道女が集まり始めていた。
クルーガーから説明を受け、ざわざわと慌てふためく。
「警察を呼びますね!」と、細身の修道女が一階へ。
「落ち着きましょう。ひとまず、談話室へ」
ペルフェの背に手を当て、高齢の修道女は努めて微笑んだ。
修道女たちを見送ったあと、シキは開けっぱなしの扉を見た。
ノブを見つめたまま、顎に手を当てる。
「何か、気になることでも?」と、クルーガーは振り返る。
「……いえ、なんでもありません」
行きましょう。とシキは、扉を閉めた。