4-3.素直な男の子
サクスムの昼ごはんは、一日の中で最も豪勢だ。
スタミナを補う肉に、体を冷やすトマトやナス。何種類もの香辛料。
これらを組み合わせ、暑さに打ち勝つ食事を作る。
シキの前には、牛肉をじっくり煮込んだシチュー。
アルバの前には、ラム肉と野菜をトマトソースで煮込み、さらに釜焼きにした一品。
米はもちろん、パンにも合うメニューだ。
「いただきます」
ウキウキで、アルバはフォークを持つ。輝く緑色の目は、子供そのもの。
観光客向けの高単価な食事とはいえ、ここまで喜ぶとは。
普段は、質素な食事なのだろうか。と考えずにはいられない。
「……お金、困ってるの? 訓練学校の給料って、安いの?」
シキは、心配そうな表情だ。
「まぁ、まだ見習いだし……。その、節約してるんです」
飯をおごってくれた相手に、流石に横柄な態度は取らないらしい。
借りてきた猫のように、アルバは身を小さくした。
「へぇ、やりたいことでもあるの?」
「そうっすね」と、アルバは頷く。
それ以上は何も言わないので、シキは詮索をやめた。
おもむろに、アルバは食事の手を止める。
羊肉を咀嚼し飲み込んだあと、両腿に手を置いた。
「昨日は失礼なこと言って、すみませんでした」
テーブルにぶつかりそうなほど、頭を下げた。
「……え? あぁ、気にしないでいいよ」
突然の謝罪に、シキは動揺を隠せない。
「断言しておくけど。俺、ペルフェにその気はいっっっさいないから。むしろさ──」
スプーンを置き、力なく首を振る。
「ペルフェがフレンドリー過ぎんのよ。あの子、誰にでもあんな感じでしょ? こっちまで心配になるんだよ」
「そうなんですよ! あいつ、自分がどれだけ可愛いのか理解してない! 変な男に引っかからないか心配で心配で……」
アルバは、激しく同意した。あまりの声量に、周囲の客が振り返る。
「そりゃ、近づく男に君がガン飛ばすのわかるよ。あの子は危うい」
でも、ほどほどにね。とシキはスプーンを持ち、食事を再開。
「わかってるんです。でも、いつも暴走する自分がいて……」
「……なんでそこまで、熱くなるの?」
アルバはうつむき、喉を鳴らす。
「……俺のこと、元難民だって知ってるでしょ?」と、声を潜めた。
「あぁ……聞いたよ。多分、ザイデの生まれでしょ?」
「はい、俺が──」
言いかけたアルバに、シキは片手を上げた。
「ちょっと待って。過去が関係してくるんだったら、無理に話さなくていい」
ザイデ生まれの元難民。
それだけで、アルバがどういう人生を歩んだか想像できる。
「もう過ぎたことだって、割り切ってます。折角なんで、相談させてください」
シキの気遣いに、アルバは首を左右に振った。
「俺、九歳の時にサクスムに来たんです。祖父母に両親、兄弟も皆、戦争で死にました。それで、近所の人たちが一緒に逃げようって」
精神的にくるストレートパンチに、シキは目を瞑る。
凄惨な過去を淡々と告げるアルバが、どこか不気味に見えた。
「当時、身寄りのない俺みたいな子供は、修道院に連れて行かれたんです。俺は幸運にも、商人に引き取られました。それが、ラピス家──ペルフェの家だったんです」