4-2.懐柔?
「冗談だろ」と、シキは呻く。
声に出してしまったが、近くに人はいなかった。
『大厄災を起こした理由が「翼がなかった」から? 馬鹿げてるね』
『奴にとっては到底、受け入れられないことだったのだろう。だから、翼を持つ私を殺そうとしたのだ。人の多くは翼に憧れる。……実際に人間は、私の方を崇めた』
『嫉妬ってわけね』
なおさら理解できない。とシキは首を振る。
『私が逆の立場だったならと思うと、エザフォスを責めきれなかった。私も、嫉妬心を抱いたかもしれない』
しかし。とアネモスは続けた。
『奴は、この世に存在してはならない。全ての生命は大地と表裏一体。奴の気まぐれ一つで、生命が消える。奴に自我がなければ、どれだけ良かっただろうか』
一瞬は語気が強まるも、次第に弱々しさを取り戻す。
『本来であれば『気象兵器』など、存在してはならぬ。自然に自我があってはならんのだ』
自らを蔑むような言葉に、シキは視線を落とした。
『……少なくとも、俺の知る気象兵器はエザフォスみたいな奴らじゃない。だから、自分や皆を否定しないでよ』
少し経って、諭すような言葉が出た。
『アネモスがいたから、地球上の生命は途絶えていない。すごいことなんだからさ、もっと誇りなよ』
この老人は、自分のことを卑下しすぎだ。謙虚すぎる。とシキは、常々思っていた。
それが人間臭く、親近感を抱くのだろう。
アネモスは無言だが、息が震えている。
どんな表情をしているかは、想像に難くない。
騎士の館を出ると、いい匂いが漂っていた。匂いの元は、使用人の居住区から。
開放日にはカフェに変わり、ランチにもってこいだ。
「早めに食べるか」と、シキは腕時計を見る。
ツアー客が来る前に、静かなランチを堪能しよう。
「あれ? あんた……」
その時、背後から声。
聞き覚えのある声に、シキは動きを止めた。
振り返った先には、アルバが立っている。目つきの悪さは、昨日と同じ。
「なんでここにいるの?」
「今日が開放日だっていうから来たんだよ。君は調理師だって聞いたよ。お勤め帰りかな?」
脇に抱えたコック服を一瞥し、シキは目を細めた。
「……だる。声、かけるんじゃなかった」
「俺のこと、覚えてくれてて嬉しいよ。アルバ君だっけ? よろしく」
大抵の人間なら、爽やかな笑顔で懐柔できる。
しかし、アルバには効かない。
「馴れ馴れしい」と、顔を背けた。
「もういいっす。俺、これから昼飯なんで」
「そうなの? 俺も昼にしようかなって思ってたんだけど」
「勝手に食えばいいでしょ。そこにカフェあるし」
カフェの看板を指差し、アルバは身を翻す。
「おごるから、一緒に食べようよ」
乗るわけないか。と思いつつ、シキは長身に呟いた。
ピタリと、アルバの動きが止まる。
予想外の反応に、シキはびっくりだ。
「……本当に?」
わずかに振り返ると、アルバから小さな声。
「もちろん。……あ、別にやましいこととか考えてないから」
「……うす」
完全にシキに向き直り、アルバは小さく頭を下げた。
行こう。という意思表示だ。
ちょろいな、こいつ。という言葉を押さえつけ、シキは笑顔を浮かべた。