1-2.辞令は突然に
──ザミルザーニ事変。
皇帝崩御から始まった国内の混乱及び他国への侵略行為は、一人の女がきっかけだった。
後妻──スニエークは私利私欲のために、国内外を引っ掻き回した。
その最期は、実にみじめなもの。
反旗を翻したザミルザーニ軍と属国ビエール軍に包囲され、抵抗虚しく自決を迎えた。
これが、一般人が知る事変の内容。
実は、スニエークは人間ではない。
主人である『氷の気象兵器』を乗っ取った眷属で、自身が生き続けるために、氷点下の世界を作り出そうとしていた。
こんな話、誰が信じるだろうか。
たとえ、にわかには信じられない内容だとしても。
被害国である、クローネ公国の次期大公シュッツェ・ネイガウスは、一部のマスコミに真相を話した。
ゴシップ好きのマスコミでさえ、世間への真相公表は控えた。
あまりにも現実離れした内容のため、世界が混乱するかもしれない。
あるいは陰謀論だと、非難される懸念もあった。
嘘偽りなく真相を公表したシュッツェだが、話さなかったこともある。
IMOの正体と、誰がスニエークを止めたかを──。
IMOのボスは『炎の気象兵器』。関連組織にも『水の気象兵器』が所属。
さらには、IMO隊員にも『風の気象兵器』がいるなどと、口が裂けても言えない。
気象兵器一人で、一国の軍事力に匹敵する。そんなことが公になれば、新たな争いの火種になりかねない。
シュッツェの機転により、真実は隠された。
こうしてIMOは『ただの傭兵組織』として、活動を続けるのだった。
※
時は、クローネ奪還直後に遡る。
任務完了の打ち上げが終わり、さぁベイツリーに帰ろうかという時──。
「お前には、今からデースペル大陸に行ってもらう」
ストレングが差し出したのは、一枚の乗船券。
「は?」
片付けの手を止め、シキの口は半開き。
「次の任務だ」
「待て待て。昨日、仕事が終わったばかりなんだけど?」
「だから何だ」と、ストレングスは椅子に座る。
「あれだけのデカい仕事が終わって、休みもないの?」
「ない」
「じゃあ、なんで俺だけ?」
「まぁ座れ」
向かいの椅子を顎で指し、ストレングスは足を組む。
「この時期、デースペルでは何がある?」
「はぁ? えーと──」
椅子に渋々座ると、シキは視線を泳がせた。
「……あ、ガウダ連邦の首脳サミット?」
「そうだ。お前には、その警備に行ってもらう」
「だったら、もっと人が必要だろ。俺一人っておかしくない?」
軽い苛立ちを見せ、シキはなおも食い下がる。
「他の隊員たちは、すでに現地入りしている。何しろ、サミットは明日で終わりだ。クローネの件が延びたら、見送ろうと思っていたんだが杞憂だったな。今から向かっても間に合うだろう」
「はぁ? もう終わるんだったら、行かなくてもいいだろ。何で俺が──」
不満をこぼすも、シキは何かを閃いたらしい。
「……もしかして、警備以外の仕事か?」
「やっと気づいたか」と、ストレングスはしたり顔。
「数ヶ月前から、デースペルに来る難民が増えたらしい。偶然にもサミットが近い。あとはわかるな?」
「……サミットの襲撃を企むテロ組織がいて、難民を装ってデースペルに入った。とか?」
姿勢を正し、シキは顎に手を当てた。
「国境警備の獣人連中も同じ考えだ。しかし難民の数が多すぎて、テロリストとの判別がつかん。面倒だから、尻尾を出したところをとっ捕まえるって算段だ」
「そんな適当でいいの? 何かあってからじゃ遅くない?」
頬を掻きつつ、シキは苦笑。
「どうせ、人間の首脳が目当てだろう。同族さえ守れれば、人間が死のうが街が破壊されようが、ガウダ人にはどうでもいいことだ」
「冷たいねぇ」
「ガウダ人の国で人間を受け入れてやっているだけ、ありがたいと思え」
ストレングスは、懐から四つ折りの紙を取り出す。
デースペル東部の拡大地図だ。
「サミットが終われば帰れる。楽な任務じゃないか」
「……何事もなければね」
地図を受け取り、シキは椅子にもたれる。
悟ったような、抵抗を諦めたような表情だ。
「理解したらさっさと準備しろ。旅客ターミナルに行くぞ」
悪人顔で笑うと、ストレングは立ち上がった。