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4-1.惨禍を訪ねて

 修道院の背後に控えるは、カエルム聖衛兵(せいえいへい)の訓練学校。

 四方を高い壁で囲われ、外部からの侵入はもちろん、内部からの脱走も許さない。


 聖地を守る聖衛兵は、現在百名ほど。

 司令官と副司令官が各一名、将校が八名。残りの九十名は下士官だ。

 聖地の警備を担う下士官たちは、かつての装備品になぞらえ『ハルバード兵』とも呼ばれる。


 採用基準は、高等教育を修了した十八歳以上の健康な男女。

 昔は男のみだったらしいが、現在は女も応募できる。もちろん、訓練内容に違いはない。


 毎年二十名ほどの応募があるが、過酷な訓練について行けず、半数が脱落するとか。

 その上、制約の多い仕事だと敬遠される。

 

 修道女だけでなく、聖衛兵も人手不足が深刻化していた。

 これが、IMOがサミット警備に動員される理由である。


 そこで考案されたのが、学校を一部開放し、聖衛兵の存在を身近に感じてもらおうというもの。

 ついでに千ポンドの入場料を設け、遺跡でもある学校の補修費に充てるという。



 左右に広がる石壁に、二つの塔を従える城門は、訪問者を萎縮(いしゅく)させる威圧感があった。

 

──結局、言われるがまま来てしまった。

 とシキは自嘲し、アーチ状の門をくぐった。


 チケット購入後は入場ゲートへ向かい、手荷物検査を受ける。

 情報漏洩の防止やテロ対策の観点から、厳重なセキュリティ体制だ。


「えー、こちらの壁は『第一障壁』の一部です。その昔、カルボ全体が強固な城塞都市でした。壁は三つあったとされ、外側から市民、商人、統治者の住まいと、生活圏が分けられていたそうです」

 人だかりの中から、張りのあるガイドの声が聞こえた。


「およそ五百年前に起こった大震災の被害は、カルボ一帯まで及んだとされ、第二障壁と第三障壁は崩れました。その後、復興のために都市は取り壊され、被害を免れた統治者の住まいと修道院だけが残されました」

 ガイドの言葉に、観光客から感嘆詞が漏れる。


「震災後は略奪があとを絶たず、遺物を守るために聖衛兵の拠点となったそうです。次にこちらへ──」

 その声とともに、多くの観光客が移動を始めた。どうやら、ツアーの団体らしい。


 喧騒(けんそう)が遠ざかり、シキは改めて第一障壁を見上げた。

 見上げれば、首が痛くなるほどの高さ。谷の底にいるような感覚に陥る。


 倒壊の危険がある壁は全て解体され、現在は一部を残すのみ。

 ちなみに、学校を囲う壁は、あとになって造られたものである。


『当時は、それはひどい有様だった』と、脳内でアネモスの声。


『レンガを積み上げただけの家屋は容易く倒壊し、カルボ一帯は瓦礫(がれき)の山。統治者の居城は金を掛けていたから、崩れることはなかった。そこで、生存者は第一障壁内へ避難した』


『統治者は許したのか?』

 壁に(きびす)を返し、シキは奥へ進む。


 訓練学校は上層と下層に分けられており、下層が開放区画となっている。

 復元された騎士や使用人の居住区、厩舎や貯蔵庫の見学が可能だ。


『許すも何も、統治者は地震で死んでしまったからな。その避難生活は悲惨なもの。食べ物は尽き、衛生状況の悪化で病が流行り、私が訪れた時は地獄絵図だった』


 静かに耳を傾け、シキは歩を進める。

 この道もあの水路も、かつては死体で(あふ)れかえっていたのだろう。


『エザフォスはなぜ、そんなことを?』


『それは、この先にある「騎士の館」に行けばわかる』


 言葉通り、立派な建物が見えた。統治者に仕えた、騎士たちの居住区だ。


 内部には当時の甲冑や剣、絵画が展示されている。いずれも、博物館に収蔵できるような貴重な物だ。

 へこんだ(かぶと)に折れた剣、破れた衣類。血痕がついた旗。

 当時の凄惨さを、嫌でも想像させた。

 

 館の最奥に、一枚の絵があった。

 他の絵は一箇所にまとめられているが、この絵だけポツンと展示されている。


『この世に唯一現存する、エザフォスを描いた絵だ』

 他の絵は全て燃やされた。とアネモスは付け加えた。


 地を割り、天に吠える黒い竜。今にも動き出しそうな躍動感。

 見る者を、不安にさせる禍々しさがあった。


『この絵を見て、何か感じないか?』

 

 一歩踏み出し、シキはまじまじと絵を見つめる。

『……翼がない』と、呟いた。


『そう。エザフォスには強靭な脚があったが、翼がなかった。……それが、大厄災のきっかけだった』

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