3-1.修道女の理由
「よい……しょっと!」
調理器具が入った木箱を置き、ペルフェは両手を叩いた。
帰って来たのは、日の入り迫る午後四時過ぎ。
修道院所有のオンボロ車から、シキは大鍋を。アルバは、机を厨房に運び入れる。
「今日はありがとうございました、本当に助かっちゃいました」
くるりとシキに振り返り、ペルフェは深々と頭を下げた。
「こちらこそ、いい経験になりました。ありがとう」
「それはよかったです。……そうだ! 上に掛け合って、今日の宿泊代はタダにしちゃいます!」
「え? それは嬉しいなぁ!」
思いもよらぬサプライズに、シキは両目に弧を描く。
懐柔されているのは、こちらかもしれない。と内心はやや焦っていた。
「アルバもありがとう! 今日はお休みだったのに、時間を貰ってごめんね」
両手を合わせ、ペルフェは申し訳なさそうに目を瞑る。
「別に、俺がやるって言い出したんだし」
気にすんな。と目を合わせず、アルバはそっけない返事。
「じゃあ、寮に戻るから。明日は早番なんだ」
「うん。本当にありがとうね!」
お疲れ様。と微笑み、ペルフェは手を振った。
去り際、アルバはシキを睨みつける。
「下手な真似するなよ」と表情だけで、言いたいことが伝わってきた。
牽制もなんのその。好きな子には、そっけない態度をとるタイプか。とシキは分析。
「ペルフェ、お疲れ様。お客様も、本当にありがとうございました」
厨房に入って来たのは、高齢の修道女。まとめ役だ。
「あとは私たちが片付けるから、ペルフェは少し休んでなさい」
ふくよかな修道女も加わり、調理器具をシンクへ。
洗浄済みにもかかわらず、細かい砂が付着している。砂の街ならではの悩みだ。
これから、もう一度洗い直すのだろう。
「ありがとう。シキさんもお茶、飲まれます?」
ケトルを火にかけ、ペルフェは紅茶の缶を開けた。
「あ、いただきます」
アルバの睨みが頭によぎるも、シキには断る理由も義理もない。
「この修道院の皆さん、結構お年でしょう? 炊き出しは力仕事なので、無理をさせたくないんですよ」
ペルフェは戸棚を開け、ポットとティーカップを取り出す。
「確かに、かなりの体力使いますもんね」
シキは、炊き出しの光景を思い出した。
満タンのスープ鍋に、山盛りの米。汗だくになりながら、火加減の調整。
季節によっては炎天下での配膳。日が最も高い時間帯に、それをぶっ通しで三〜四時間は行う。
「それに……。若い修道女たちは怖がって、行きたがらないんですよね」
キャンプによっては、窃盗や暴行も起こるとか。
治安の悪い場所に、非力な高齢者や女子は送れないだろう。
「修道女って、年々なり手が減っていて。……そりゃそうですよね、全てを主に捧げるわけですから」
ストンと肩が落ち、後ろ姿から物悲しさが伝わる。
「……ペルフェは、どうして修道女に?」
ずっと気になっていた質問を、シキは投げかけた。
ただの信者で終わってもいいはず。
恋愛や自由を捨ててまで、修道女になった理由とは。
「それは──」
ポットに湯を注ぐペルフェの手が、ぴたりと止まった。