2-3.恋敵?
怒涛の炊き出しが終了し、ひと段落ついたのは午後三時過ぎ。
シキは、大鍋の底にこびりついたコゲと格闘中だ。
「ガンコだなぁ」と呟き、ガシガシと鍋をこする。
そんなシキの背後に、人の気配。
振り返れば男がいた。二十代ぐらいの青年だ。
はて。とシキは首をかしげる。
たしか修道女に混ざり、配膳を担当していた。
栗色の髪に、緑色の目。シキより背が高い。
日に焼けてはいるが顔立ちは見たところ、サクスムの民ではなさそうだ。
黙々と配膳をこなしていたせいか、シキは寡黙な印象を抱いていた。
「あんた、宿泊客でしょ? なんで炊き出しに参加してんの?」
腕を組む青年は、どこかトゲのある口調。
「ペルフェに頼まれたんだよ。人がいないから、手伝ってくれって」
コゲ落としの手を止めず、シキは淡々と答える。
「ペルフェって、呼び捨てかよ。……どーせ、あいつ目当てで来たんだろ」
ピタリと、シキの手が止まった。
「……ははーん」と呟く顔は、悪童そのもの。
「結構いるんだよね。でも修道女って、どんだけ忙しいか知ってる? それに、あいつはミウルギア一筋だから、ちょっかい出しても無駄だよ」
目つきの悪さも相まって、凄む青年はなかなかの迫力だ。
「ご忠告どうも。俺はそんなつもりは、ないんだけどなぁ?」
「嘘つけ! 一昨日は、二人で市内の礼拝堂から戻って来ただろ? 昨夜は、礼拝堂の前で喋ってた。それに、今朝だって──」
「なんで知ってるの。怖いんだけど」
純粋に、シキは引いた。と同時に、めんどくさい奴に絡まれたと嘆く。
「もしかして、君の彼女だった? 気を悪くしたなら謝るよ」
「違う! 俺は幼馴染だ! ペルフェは姉貴分っつーか……」
青年は顔を真っ赤にし、一歩後ずさる。後半の言葉が聞き取りづらい。
そこは彼女だって言い切れよ。とシキは、冷めた視線を送った。
「どうかしましたか?」
声を聞きつけたのか、クルーガーが顔を出す。
「……アルバ。この方に、失礼なことをしていないだろうな?」
『アルバ』と呼んだ青年を見るなり、少しだけ語気が鋭くなった。
「何もされてませんよ。あ、ほら、井戸水を汲んでいたので、大声で話してたんです」
ギィギィとハンドルを上下させ、シキはでまかせを口にした。
「ペルフェが探していたぞ。重い物を持って欲しいそうだ」
「……わかりました」
うつむいたまま、アルバは早足で立ち去った。
「……彼、アリステラの人ですよね?」
姿が見えなくなって、シキは問う。
「あの子は元難民です。当時のことは知りませんが、十年前に来たそうです。今は訓練学校の食堂で、調理師をしていますよ」
十年前。という単語に、シキの眉が動く。
『第一次ザイデ独立戦争』が勃発した頃だ。となると、彼はザイデ人だろう。
「彼はああやって度々、他人に絡むんですよ。気をつけてください」
常に微笑みを絶やさない口元が、苦々しそうに歪む。
どうやら、クルーガーはアルバのことが嫌いらしい。
「お気遣い、ありがとうございます」
「それにしてもペルフェは、なぜあのような異端児を……」
忌々しそうに呟き、クルーガーは去った。
「……あれ。俺、何してたんだっけ」
一人残され、シキは自問。
数秒後──。
持ったままの金タワシに気付き、使命を思い出すのだった。