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2-2.炊き出しと笑顔

 炊き出しの場所は、カルボ市の外れ。

 そこに『墓地キャンプ』と呼ばれる、難民の集落があった。


 不穏な名前の由来は、近くに共同墓地があるから。

 と同時に、身寄りのない者が埋葬される無縁墓も存在。

 サクスムで死亡した難民は、そこに埋葬される流れとなっている。


 夏であれば、暑さで死者数が跳ね上がる。

 まだ人道支援が行き渡っていない頃は、干からびてミイラ化した死体があちこちに転がっていた。


 現在、国際連盟傘下の人権団体と、民間の非営利団体が炊き出しや医療支援を行っている。

 微力ではあるが、カエルム修道院も不定期で参加していた。



 寸胴鍋には、数種類の豆とトマトスープ。

 炊き立ての雑穀米を皿によそい、スープをかければ立派な昼食が完成だ。


「たくさん準備したので、焦らないで大丈夫ですよ! 順番に並んでくださいねー!」

 片手を上げ、ペルフェは声を張った。


 視線の先には、昼食を求める長蛇の列。

 赤子を抱く若い女や、老人や子供が大半を占める。

 不思議なことに、男は少ない。


「はい、気をつけて帰ってね」

 幼い兄弟の目線に屈み、ペルフェは昼食を差し出す。


「いつもありがとう、お姉ちゃん!」

 乳歯が取れたのだろう、兄らしき男児は前歯がない。

 (まぶ)しい笑顔で、弟とともに駆けて行った。


 続いて来たのは、ふにゃふにゃと口を動かす老婆。


「あ、ちょっと待ってくださいね」

 ペルフェはレードルの底で、スープの豆を潰す。

 豆を詰まらせれば、誤嚥(ごえん)のもとになりかねない。


「はい、どうぞ!」

 歯がない老婆を、気遣ってのことだろう。

 言葉は聞き取れないが、老婆は嬉しそうに頭を下げた。


 体調は治りましたか? 髪切ったんですね。前よりも背が伸びてるね。

 スープをよそう間も、ペルフェは一人一人に声をかける。

 きっと、顔や身体的特徴を覚えているのだろう。


「……なんだか、随分と明るいですね」

 バックヤードで大鍋のスープをかきませながら、シキは玉のような汗を拭った。


「シスター・ペルフェのおかげですよ。彼女の気遣いが、皆さんを笑顔にするのです」

 頷くのは、米炊き係のクルーガー神父。こちらも顔を真っ赤にして、火加減を見ていた。


「ここの難民は、レヒトシュタートの迫害から逃げてきた方ばかりです。ザイデ人にケルツェ人、その他大勢の異民たちが」


「ケルツェといえば、独立の声が高まっていますね。ザイデは権力者争いで、内乱が収束しない。……独立から十年も経つというのに」

 味見のあと、シキは塩を振る。

 汗をかくため、濃いめの味付けで。というペルフェからのお達しだ。


「ここのキャンプ以外もそうですが、男性が少ないでしょう? 徴兵され、越境を許されないのです」


「あぁ、だからか」と、シキは頷いた。


 健康な成人男性は国外退避を許されず、兵士として集められる。

 仮に逃げ出そうものなら、親兄弟が罰せられるのだ。


「セトウさんは、よその難民キャンプを見たことがありますか?」


「えぇ、難民の護衛任務は多いですね。今は落ち着きましたが、シャムロック大陸はひどかった」


「麻薬カルテルや、テロ組織が跋扈(ばっこ)していた頃ですね」

 湯気を見つめ、クルーガーはポツリと呟く。


「人身売買の被害者は、大半が難民でした。……行く当てはない、帰る場所もない、生きることさえ叶わない」

 でも、ここの難民は違う。とシキは顔を上げた。


「ここには、活気と笑顔があります。彼らの目は死んでいない」


「そうですね」と、クルーガーは大きく頷いた。


「これまで、多くの教会や修道院を転々としましたが、カエルム修道院の慈悲は特別です」

 鳶色(とびいろ)の瞳が、テントの外へ向けられる。


「そういえば。クルーガー神父は、出身はどちらですか?」


「ヴェルメルです。とはいっても幼少期だけですが」


「へぇ、いい国ですよね」と、シキは微笑(ほほえ)む。

 同郷であったが、傭兵は出自を軽々しく明かさない。


「補給、お願いしまーす!」

 空になった鍋を両手に、ペルフェがバックヤードに入ってきた。

 すぐに満タンの鍋を持ち、外へ出ていく。


「ほんと、タフだなぁ」

 働き者の背中を見つめ、シキとクルーガーは破顔した。

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