2-2.炊き出しと笑顔
炊き出しの場所は、カルボ市の外れ。
そこに『墓地キャンプ』と呼ばれる、難民の集落があった。
不穏な名前の由来は、近くに共同墓地があるから。
と同時に、身寄りのない者が埋葬される無縁墓も存在。
サクスムで死亡した難民は、そこに埋葬される流れとなっている。
夏であれば、暑さで死者数が跳ね上がる。
まだ人道支援が行き渡っていない頃は、干からびてミイラ化した死体があちこちに転がっていた。
現在、国際連盟傘下の人権団体と、民間の非営利団体が炊き出しや医療支援を行っている。
微力ではあるが、カエルム修道院も不定期で参加していた。
※
寸胴鍋には、数種類の豆とトマトスープ。
炊き立ての雑穀米を皿によそい、スープをかければ立派な昼食が完成だ。
「たくさん準備したので、焦らないで大丈夫ですよ! 順番に並んでくださいねー!」
片手を上げ、ペルフェは声を張った。
視線の先には、昼食を求める長蛇の列。
赤子を抱く若い女や、老人や子供が大半を占める。
不思議なことに、男は少ない。
「はい、気をつけて帰ってね」
幼い兄弟の目線に屈み、ペルフェは昼食を差し出す。
「いつもありがとう、お姉ちゃん!」
乳歯が取れたのだろう、兄らしき男児は前歯がない。
眩しい笑顔で、弟とともに駆けて行った。
続いて来たのは、ふにゃふにゃと口を動かす老婆。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
ペルフェはレードルの底で、スープの豆を潰す。
豆を詰まらせれば、誤嚥のもとになりかねない。
「はい、どうぞ!」
歯がない老婆を、気遣ってのことだろう。
言葉は聞き取れないが、老婆は嬉しそうに頭を下げた。
体調は治りましたか? 髪切ったんですね。前よりも背が伸びてるね。
スープをよそう間も、ペルフェは一人一人に声をかける。
きっと、顔や身体的特徴を覚えているのだろう。
「……なんだか、随分と明るいですね」
バックヤードで大鍋のスープをかきませながら、シキは玉のような汗を拭った。
「シスター・ペルフェのおかげですよ。彼女の気遣いが、皆さんを笑顔にするのです」
頷くのは、米炊き係のクルーガー神父。こちらも顔を真っ赤にして、火加減を見ていた。
「ここの難民は、レヒトシュタートの迫害から逃げてきた方ばかりです。ザイデ人にケルツェ人、その他大勢の異民たちが」
「ケルツェといえば、独立の声が高まっていますね。ザイデは権力者争いで、内乱が収束しない。……独立から十年も経つというのに」
味見のあと、シキは塩を振る。
汗をかくため、濃いめの味付けで。というペルフェからのお達しだ。
「ここのキャンプ以外もそうですが、男性が少ないでしょう? 徴兵され、越境を許されないのです」
「あぁ、だからか」と、シキは頷いた。
健康な成人男性は国外退避を許されず、兵士として集められる。
仮に逃げ出そうものなら、親兄弟が罰せられるのだ。
「セトウさんは、よその難民キャンプを見たことがありますか?」
「えぇ、難民の護衛任務は多いですね。今は落ち着きましたが、シャムロック大陸はひどかった」
「麻薬カルテルや、テロ組織が跋扈していた頃ですね」
湯気を見つめ、クルーガーはポツリと呟く。
「人身売買の被害者は、大半が難民でした。……行く当てはない、帰る場所もない、生きることさえ叶わない」
でも、ここの難民は違う。とシキは顔を上げた。
「ここには、活気と笑顔があります。彼らの目は死んでいない」
「そうですね」と、クルーガーは大きく頷いた。
「これまで、多くの教会や修道院を転々としましたが、カエルム修道院の慈悲は特別です」
鳶色の瞳が、テントの外へ向けられる。
「そういえば。クルーガー神父は、出身はどちらですか?」
「ヴェルメルです。とはいっても幼少期だけですが」
「へぇ、いい国ですよね」と、シキは微笑む。
同郷であったが、傭兵は出自を軽々しく明かさない。
「補給、お願いしまーす!」
空になった鍋を両手に、ペルフェがバックヤードに入ってきた。
すぐに満タンの鍋を持ち、外へ出ていく。
「ほんと、タフだなぁ」
働き者の背中を見つめ、シキとクルーガーは破顔した。