2-1.普通の女の子
一夜明け、空は快晴だ。
今日の気温は、二十五度まで上がるという。
修道女たちが奉仕活動に出る時間帯に、シキは客室を出た。
サミットが終わり、ちらほらと宿泊客が戻りつつある。
秘匿性の高い電話をするのは、今後は控えた方がいいだろう。
電話ボックスへ向かい、まずは交換手へ繋ぐ。
約束の時間より三時間も早いが、果たしてストレングスは出るだろうか。
しばらくして、回線が繋がる音。
『なんだ』と、いかにも不機嫌そうなダミ声だ。
「言いたいことはわかってる。予定が変わったんだ。ごめん、謝るから!」
文句が押し寄せる前に、シキは早口で遮った。
予防線が効いたのか、返ってきたのは大きな舌打ちのみ。
「それで、調べはついた?」
『あぁ。ペルフェ・ラピス。十一月生まれの二十二歳。出身地は、ガウダ連邦サクスム州のカルボ市。家族構成は両親と三人の兄がおり、唯一の女子で末っ子だ。父親は香辛料や茶葉を扱う商人。なかなかの金持ちらしい』
さぞ、甘やかされて育ったんだろ。と見たこともない相手に毒づく。
『両親ともに敬虔なミウルギア教徒。ペルフェ自身も信者であり、十八歳で聖衛兵に志願。訓練学校卒業後は、修道院に戻り現在に至る。学校在籍時の成績は……中の上だな。男でも根を上げるのに、たいしたもんだ』
「経歴は置いといて、出自は普通の女の子って感じだな」
受話器を肩と耳で挟み、シキは手帳にペンを走らせる。
『面白いのは、ここからだ』と、ストレングスの声色が明るくなった。
『二週間前に、実家に強盗が入ったらしい』
「え?」
上擦った声を上げ、シキは受話器を持ち直す。
『両親は不在で命拾いしたそうだが、使用人が一人、殺されている。そのくせ、何も盗られていなかったそうだ』
「怨恨とかじゃないの? なんで物取りだってわかったんだ?」
ペンを回しつつ、シキは思案した。
『金庫をこじ開けようとした痕跡と、暴行を受けた傷が使用人にあったんだと。大方、金庫の暗証番号を聞き出そうとしたんだろ』
「……ただの使用人が、金庫の番号なんて知ってるかねぇ?」
シキの反論は、ねちっこい口調だ。
『そんなこと知るか。それは現地にいるお前が調べろ』
「はいはい。他に情報は?」
『ない。ところで、お前はどのくらい掴んだ?』
すぐに電話を切られるかと思いきや、ストレングスから質問。
「残渣は、彼女が身につけているアクセサリーに宿ってる。あとは、カルボ市では同じ手口の強盗が多発してるってことくらいかな」
シキは手帳をめくり、速記で記したメモを見た。
万が一誰かに見られても、何が書いてあるかはわからないだろう。
『そんなの、掴んだうちに入らん』
真面目にやれ。と檄が飛ぶ。
「はいはい。じゃ、切るよ──」と、答えた直後。
ブツリ。という不快な音に、シキは顔をしかめた。
「……クソジジイ。ふざけんなよ」
ついに苛立ちを覚え、暴言が口をつく。
情報の整理は、あとでやろう。
手帳をしまい、シキは電話ボックスを出た。
「シキさーん、どこですかー?」
その時、エントランスからペルフェの声。これから、炊き出しの準備が始まる。
「はいはい、今行きます!」と、シキは駆け足で去った。