1-3.残渣の行方
人間は弱い。自然界に放り出されれば、一週間ともたずに死ぬ。
獣人のような鋭い爪牙や、ヒレや翼も持たない。
かといって、竜人のような長命さもない。
だが、獣が恐れる火を扱い、溶かした金属を武器や移動手段に変えた。
あるいは、病や怪我を治す研究で、平均寿命を大いに引き上げた。
全ては、戦争に勝つため。
遺伝子を残すことが獣の営みなら、争いで文明を発展させることが人間の営み。
──智を得た愚者。
ガウダ人の、人間への蔑称。
諸刃の剣だからこそ、気象兵器に人間は選ばれなかった。
しかし、ある二人の男を除いては──。
※
意外な展開に、シキはハッと顔を上げた。
「なんで人間に渡したの? パライ人じゃなかったの?」と、身を乗り出す。
「パライ人は、力を持つことを固辞した。ガウダ人だけに力を与えては、不平を持たれる。だから、何の力もないエザフォスの核を、公平と信頼の証にと渡したのだ。一部の人間は、私とともに戦ってくれたからな」
「それって詐欺じゃない? 怒らなかった?」
「私は『力』ではなく『使命』を与えた。この指輪を守ることこそ、最高の誉であり王に相応しいと。……この時、私はミウルギアの名を持ち出した。人の心を掴むには、最も効果的だったのだ」
窓に反射したアネモスの顔は、どこか苦しそうだ。
「確かに、神の従者がそんなこと言ったら信じるよなぁ」
シキはベッドに寝転がり、あくびを一つ。
「時の流れとともに指輪の価値は廃れ、いつしか小貴族の手に渡った。忘れ去られた時を見計らい、私は回収するつもりだったのだ。しかし、ある事件が起きた」
一人掛けのソファに座り、アネモスは目を伏せる。
「指輪を納めていた宝物庫が、盗賊に荒らされたのだ。指輪は奪われ、一時は行方知れずとなった。私は気象兵器と眷属を総動員し、盗賊を見つけた」
「こわ……」と、シキは引いた様子。
盗賊のその後は、想像に難くない。
「指輪は戻った。しかし、封じたはずの核が小さくなっていた。なぜかというと、指輪を納めていた箱には他の装飾品や骨董品も入れられていた」
あとはわかるな? とアネモスは目を開く。
「……その宝物たちに、エザフォスの力が分散した?」
「その通り。すでに売り払われた物も多数あり、正確な数は不明のまま。それでも、地道に回収した。幸いなことに分散された残渣は非常に弱く、目立った被害はなかった」
T字杖のグリップをさすり、アネモスはソファにもたれた。
「回収しきったと思っていたが、まだ残っていたとは……」
「……まぁ、これで最後かも知れないし。俺は穏便に済ませたい。外堀から固めていくよ」
ベッドから起き上がり、シキは荷物を漁る。
取り出したのは、サクスムのガイドブック。散策に必要そうだったため、結局買った。
「そうしてくれ。下手をすれば、IMOの信用に関わるからな」
「とりあえず、明日から動こう。まずは、ペルフェに近づいて信頼を得ないと。炊き出しでも何でもやるさ」
「お前さんなら、うまくやれるだろう。……厄介ごとばかり押し付けてすまない」
神妙な顔つきで、アネモスは頭を下げる。
神と同列に扱われる存在だが、傲慢さは微塵もない。
それは優しく、謙虚な老人だ。
「いいって。……なんでもかんでも、自分のせいにしない方がいいよ?」
弟って、しっかり者なんだね。とシキは笑う。
「……私の悪い癖だ。これだけ歳を重ねては、もう治らんよ。しかし──」
ありがとう。と微笑むと、アネモスは光の球体となって消えた。