1-1.天空の王・大地の帝
【ここまでのあらすじ】
大仕事を終えた余韻に浸る間もなく、シキはデースペル大陸へ。
『サミットを狙うテロ組織がいるかも』という曖昧な任務だったが、サミットは何事もなく終了した。
しばらくは任地に留まり、調査を続けることに。
そこで出会ったのは『地の気象兵器』の気配を持つ、修道女ペルフェ。
禁忌の力は破壊する必要があり、任務内容を『力の破壊』に変更。
ペルフェは調査対象となった。
ミウルギアを描いた宗教画には、高頻度で一人の騎士が描かれる。
純白の甲冑に身を包み、純白の翼で天を翔ける騎士。
あるいは、白き竜の姿で描かれることも。
騎士の名を、アネモス・ドラコーン。
天精、天王、天竜、風の気象兵器。
彼の呼び名は、多岐に渡る。
清風を呼び暗雲を払い、ミウルギアの光を地上へもたらす存在だ。
アネモスには兄──エザフォス・ドラコーンがいた。
漆黒の甲冑に身を包み、強靭な脚で地を駆ける騎士。あるいは、黒き竜が。
地精、地帝、地竜、地の気象兵器。
兄もまた、多くの二つ名を持っていた。
しかし、兄はこう呼ばれることが多い。
『反逆の気象兵器・エザフォス』と──。
※
祈りの時間が終わり、礼拝堂に静寂が戻る。
蝋燭の炎が不規則に明暗し、修道女たちの影がゆらゆらと揺れた。
夕食後の礼拝に、見学者としてシキは参加した。
聖書の詩篇を読み、神に一日の感謝と明日への祈りを捧げる。
讃美歌と結びの言葉で締め、礼拝は終了。
意外にも、修道女の一日は忙しい。
一日の始まりは礼拝。午前と午後は、祈りを捧げつつ奉仕活動。
それは畑仕事だったり、困窮者への炊き出しだったり裁縫だったり。
夕食後も礼拝。くつろげるのは夜だけだ。
しかし、朝が早いので、修道女は早寝早起き。
これでは、ペルフェに接触する機会がない。
残渣の正体を突き止めるには、時間がかかりそうだ。
「礼拝、どうでしたか?」
シキが思案に耽っていると、ペルフェが声をかけてきた。
これはチャンスである。
「厳かでいいですね。……俺、今まで礼拝に行ったことがなかったんですよ」
引き留めて出方を探ろうと、シキは口を開いた。
「そうなんですか?」と、ペルフェはベンチに座る。
「だから、ちょっと意外でした。礼拝は神を讃えるだけでなく、己と向き合う時間でもあるんだなって」
口八丁は、シキの得意技である。
「その通りです! 一日の行いを振り返り、明日への学びに変えていく。そうやって、心の成長を続けるんです」
ペルフェは両手を叩くと、嬉しそうに祭壇を見た。
「自分一人では難しくとも、主がともにいてくだされば乗り越えられます」
「……確かに、心が強い人ばかりではないですからね」
かつてのシキも、そうだった。
他者と違うのは『神』ではなく『力』を欲したこと。
「……そういえば。聖地の礼拝堂で、フレスコ画を見ました。フレスコ画には『二柱の騎士』とありましたが、修道院の宗教画は白い騎士だけが描かれていますよね。やっぱり、あの地震がきっかけですか?」
話を『地の気象兵器』方面へ持っていくため、シキは無知を装う。
「えぇ、約五百前に起こったとされる『大震災』。その後、修道院の絵は全て描き換えられました」
それは、エザフォスが引き起こした大厄災。
大地を割り火山を起こし、高波を呼んだ。
アリステラは瞬く間に荒廃し、その影響はサクスムにまで及んだ。
圧倒的な力を前に、人々はエザフォスに従う他なかった。
しかし、アネモス率いる解放軍によって打ち倒され、アリステラは復興を遂げた。
「気象兵器誕生のきっかけか……」と、シキは呟く。
大厄災の最中、アネモスはエザフォスの奇襲を受け致命傷を負う。
しかし、その際に火と水の剥奪に成功した。アネモスは雷と氷を、エザフォスは火と水を司っていたのだ。
雷と氷、奪った火と水を切り離し、戦力にと四人の獣人に与えた。
これが、気象兵器の始まりである。
「エザフォスは、大罪人として処刑されました。……実は聖衛兵の紋章も、元は二柱の竜だったんですよ? 本当の名前は、カエルム=フムス聖衛兵でしたし」
「へぇ。そんな歴史があったんですね」
勉強になります。とシキは、大きく頷く。
「ちなみに、聖衛兵の発案者もお二人です。……主の守護者が罪人というのは、残念でなりませんが」
「確かに、複雑な心境ですね」
ミウルギアの像を見つめたあと、シキは視線を落とす。
これ以上、収穫はなさそうだ。と考えつつ、腕時計を見た。
「すみません、引き留めてしまって」
「いえ、私が声をかけたのがきっかけですから」
礼拝堂、閉めますね。とペルフェも立ち上がった。