3-3.負の残渣
「それでは、本日から無期限で一名様一室。こちらがお部屋の鍵になります」
エントランスの一角を改装したカウンターで、チェックインが行われた。
「……意外と、最近の鍵なんですね」
『古い鍵』の代表格である、ウォード錠を想像していたのだろう。
ディスクタンブラー式の鍵を見つめ、シキは呟いた。
「二年前に改装しました。防犯対策は万全ですよ」
ペルフェは頷くと、フロアマップを開く。
「お部屋は、三階の三〇一号室です。そちらから出ると、階段がありまして──」
一階は礼拝堂や食堂、図書室に手仕事部屋。
二階は修道女たちの部屋。三階が宿泊施設となっている。
「二階は立ち入り禁止です。ご留意ください」
フロアマップから顔を上げ、ペルフェは微笑んだ。
「その他、ご質問はありますか?」
「電話ってあります?」
「ありますよ。こちらです」
フロアマップに視線を戻し、ペルフェは一階を指差す。
「朝からありがとう。助かったよ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
本来であれば、チェックイン時刻は午後三時以降。
しかし、今は宿泊客がいないため掃除はない。
今回はペルフェの計らいで、早朝からのチェックインが可能となった。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
「ありがと」
ペルフェの一礼を背に、シキは廊下へ出た。
この時間だと、修道女たちは奉仕活動。
IMO隊員も引き揚げたらしく、修道院内は静まり返っている。
廊下の最奥に、電話ボックスがあった。宿泊客のために設置したのだろう。
まずは交換手に連絡を取り、IMO本部へ繋げてもらう。
ストレングスがいるかは不明だが、祈るしかない。
不在であれば、関連組織『カラス』のネロに電話をかけるつもりだ。
シキにとってはそれだけ、いち早く伝えたい内容だった。
IMO本部に電話を繋げ、数分後──。
『なんだ』と、ダミ声が上がる。
目を伏せ、シキは安堵のため息。間違いなく、ストレングスの声だ。
『もう終わったのか? なら──』
「違う、別件だ。……いいか、冗談じゃないぞ」
ストレングスの言葉を遮り、シキはボックスから顔を出す。
人がいないのを確認すると、扉を閉めた。
「『地の気象兵器』の残渣を見つけた」
『なんだと?』
ストレングスの声色が、鋭さを帯びる。
「ある修道女から気配がする。気配はすごく弱いけど、何度か感じた。間違いないと思う」
『その修道女に接触できるか?』
「もう顔見知りになった」
ボックスにもたれ、シキは髪をかき上げた。
『修道女の名前は?』
「ペルフェ・ラピス。歳は二十代前半くらい。修道女との兼任でカエルム聖衛兵だ」
『なら調べやすそうだな。明日の昼頃、また連絡しろ。それまでに調べをつけておく』
聖衛兵の名簿から探れば、すぐに誕生日に出身地、年齢と家族構成が判明する。
IMOの情報収集能力は、一国家の諜報機関を凌ぐほど。
「わかった。……一応聞いておくけど、残渣は『物』に宿っていて、破壊すればいいんだよな?」
『そうだ。残渣は実体を作れないから、物に宿る。そいつを壊せば、姿を保っていられない』
ただし。とストレングスは言葉を切った。
『破壊しようとすれば暴れる。搾りカス程度の力しか持っていないだろうが、破壊する場所選びは気をつけろよ』
「わかった。じゃあ、任務は『残渣の発見と破壊』に変更でいいか?」
確認するまでもないだろうが、形式に則る必要があった。
『そうだな。そっちの方が、やりがいがあるじゃないか。根拠のない難民捜しなど、どうせやる気がなかったんだろ?』
ストレングスの指摘に、シキは口ごもる。やはり見抜かれていたらしい。
『それと、何がきっかけで暴走するかわからん。立ち回りは慎重にな』
「あぁ。じゃ──」
切るよ。とシキが受話器を置く前に、回線が切れた。
いつものことだ。と苦笑い。
「……さて」と、シキはポケットを探る。
まずは部屋に行こう。と触れたルームキーを弄び、電話ボックスを去った。
第一章 潜入 完