1-1.ある平日の正午にて
季節は十一月。
ゆるやかに年末が迫る中、多くの人が労働に勤しむ平日。
中心街の教会の鐘が、正午を告げた。
ここは、ヴェルメル連邦共和国のツェニート河川港。
内陸部ながら国内最大の港であり、周辺には倉庫街が軒を連ねる。
コンテナクレーンが忙しなく動き回り、色とりどりのコンテナが吊り上げられては陸から船へ、船から陸へ。
アリステラ大陸を縦断する国際河川のおかげで、南部のセルキオ連邦とレヒトシュタート帝国はもちろん、反対側の海まで行ける。
河川整備は国際事業として、数多くの国が参加。
結果的に輸送時間の大幅な短縮と、これまでは不可能だった生鮮品の輸送を実現した。
まさに、物流の大動脈ともいえるだろう。
河川港周辺にはヴェルメル沿岸警備隊や、同盟国ベイツリーの海軍基地も存在。
基地内には、とある騒動を収束させた『国際傭兵組織』──IMOの支部がある。
※
河川港の旅客ターミナルは、多くの人で賑わっていた。
雑踏の中、頭ふたつ抜きん出た赤毛。その巨躯に、通り過ぎる人々が振り返る。
男の名は、IMO総司令官フレイム・ストレングス。
炎のような赤毛に、割れた顎と黄色い目はライオンを思わせる。
待合室のベンチにどっかりと座れば、隣のカップルが逃げていく。
壁のような体格と悪人顔のせいで、一般人は決して近づかない。
そんな悲しき男ストレングスに「お待たせ」と、近づく男がいた。
男は「はい」と、ペーパーカップを渡す。
アーモンドアイは、ウルトラマリンのような深い青。
「お前は紅茶か? ガキだな、シキ」
ストレングスは鼻で笑い、コーヒーを飲んだ。
「うっさいな、俺は紅茶派なんだよ」と、シキは口を尖らせる。
コーヒーは飲める。カフェオレ限定だが。
ベンチに並んで座り、サンドイッチを頬張る二人。
側から見ても、親子には見えない。
「その髪色は、どのくらいもつ?」
ストレングスは、三口でサンドイッチを平らげた。
「一ヶ月かな。向こうは日差しがきついから、もっと短いかも」
自身の髪を触り、シキは首を振った。
『風の気象兵器』の証である銀髪は、今は真っ黒だ。
「『嫌だ』と喚いていた割には、随分と準備がいいじゃないか」
「『どんな任務であっても従います』でしょ? 行ってきてやるよ」
「偉そうに。クソガキめ」
ストレングは毒づき、二個目のサンドイッチを平らげる。
「……皆は今頃、巡洋艦の美味い飯でも食ってるんだろうなぁ」
遠くを見るシキの目には、仲間たちの顔が浮かんでいるのだろう。
その時、館内アナウンスが鳴り響く。
「高速船『ヴェレ』。十二時三十分発、デースペル大陸行きのお客様は──」
「時間だ」と、シキは腕時計を見た。
サンドイッチを完食し、紅茶を飲み干した。
「いいか。目立つ行動は控えろよ」
ストレングスは、空のカップを差し出す。ゴミを入れろ。との意思表示だ。
「わかってるって」
「まぁ、お前のことだ。言ったところで無駄か」
「善処はします」
トランクを掴み「行ってきます」と、シキは力のない敬礼。
手を振り、待合室を出て行った。
「……やっぱりガキだな」
部下もとい義理の孫を見送り、ストレングスは踵を返した。