第8話 AYAME16との出会い 2
蒸し暑い七月の午後、彼はスナック二条に置いてあったカワサキのゼファー400ccに跨った。
ヘルメットを被り、エンジンをかけると、いつもとは違う高揚感が胸に広がった。
今日は、いつものように部屋でインスタを眺めるのではなく、実際にその場所に行ってみようと思った。あの瞬間的で束の間の踊りを、自分の目で見てみたかった。
ゼファーは大阪へと向かう京都縦断道路を滑るように走った。夏の空気が彼の両脇を通り過ぎていく。その感覚は、何とも言えない自由を慶一に与えてくれた。
街を抜け、ハイウェイに入り、風景が変わっていく。背中に感じる振動と、耳をかすめる風の音が、彼の内側に溜まっていた何かを少しずつ溶かしていくようだった。
そして、彼は道頓堀にたどり着いた。
バイクを路肩に停め、タンクバックとヘルメットを小脇に抱えて歩き出す。
グリコの大看板の下を通り、インスタでよく見かける場所を探しながら、道頓堀川の方へと足を進めた。
時刻は夕方五時を回ったところだった。
歩きながら、慶一は再びスマホを取り出し、AYAME16の投稿を見返した。
昨日の動画の背景には、確かに道頓堀川が写っていた。彼女はいつも同じ場所で踊っているようだった。橋の下あたりだろうか。
慶一は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、その場所へと向かった。
もしかしたら彼女に会えるかもしれない。その期待が、彼の足を軽くした。
橋の下に近づくにつれ、かすかに音楽が聞こえてきた。
EDMの低音が、コンクリートの壁に反射して震えている。慶一は音のする方向に歩みを進めた。
そして、彼はその光景を目にした。
そこには、スマホの小さな画面で何度も見た少女が一人、踊っていた。
AYAME16——いや、あれは彼女だろうか?同じ髪型、同じ体つき。でも、実際に目の前で踊る彼女は、画面で見るよりもずっと生き生きとしていた。
彼女は音楽に合わせて体を動かし、まるで世界を忘れたかのように、自分だけの空間に浸っていた。その動きひとつひとつには、言葉では表せないような情熱が宿っていた。それは単なるダンスではなく、彼女という存在そのものの表現に思えた。
彼女の身体は音楽の波に乗り、時に力強く、時に繊細に揺れ動く。その姿には、どこか切なさが滲んでいた。まるで彼女は踊りを通して、自分の内側にある何かを解放しようとしているかのようだった。
慶一はしばらくの間、ただ立ち尽くして彼女の踊りを見守っていた。
そして、音楽が終わり、少女が呼吸を整えている時、慶一は勇気を出して声をかけた。
「すごいダンスだね。インスタで見てたけど、実際に見るのは全然違う!」
少女は驚いたように振り返った。一瞬、警戒の色が彼女の目に浮かんだが、すぐに柔らかな表情に変わった。
「ありがとう。あなたが見てくれていたんだね」
彼女はそう言って、微笑んだ。
慶一は心の中でつぶやいた。スクリーンの向こう側にいた少女が、今、目の前にいる。それはまるで、別の世界の入り口を見つけたような感覚だった。
「AYAME16ちゃんだよね?」
「そうだよ!」
「いつも見てるよ。毎日かな...」
「え?嬉しい!」
慶一は少し恥ずかしくなって言葉を選びながら続けた。
「いや、それどころか、DMも毎日打ってしまってる。かも...」
「あ!...もしかして、Kei1Zeフィーさん?なんか毎日くるな〜って」
「Kei1Zepherだよ。覚えられてたんだ...キモいよね」
彼は自嘲気味に言った。
「毎日って珍しいから。何だろ?って」
彼女は意外にも嫌な表情をしなかった。
「いや、何も疚しい事ないので!...いつもここで踊ってるの?」
「そうだよ」
彼女の声は、スマホの画面を通して想像していたよりも柔らかく、少し低かった。
慶一は勇気を出して、彼女の瞳をじっと見つめた。
「また...見に来てもいいかな?」
彼女は少し考えるようなそぶりを見せたが、すぐに答えた。
「うん、いいよ!」
「…よっしゃ!」慶一は満更でもない表情をしている彼女を見て、胸の内でほっとした。
彼が求めていたものは、こんなふうに実体を持ち始めていた。
七月の終わりに向かう道頓堀の黄昏時、橋の下で出会った一人の踊り子と…