窓際と3月
春目指しました。
「うー。さむい。」
そう言ってブレザーの袖をさすりながら私は窓を閉めた。
私の席は窓際なので風が直に当たるのだ。
今朝起きた時も思ったが、今日の寒さは異常ではないか?3月だというのにヒートテックを着たくなる。
「夏は寒がりだね〜。」
そう笑うのは、中学からの付き合いの千奈ちゃんだ。家も近くて、示し合わせてもいないのに志望する高校も同じだったまさに腐れ縁の友達である。
「そりゃ、夏と名付けられたからには寒さは嫌いだよ〜。」
笑いながら答えるが、夏という季節もそこまで好きではない。
「そう言いながら夏もそんなに好きじゃないでしょ。」
千奈ちゃんがすごいフリック速度で溜まったLINEを返しながら言う。
図星である。やはり腐れ縁というのは侮れない。
まぁ今の殺人的暑さにもなる夏を大好きだと言うやつは中々いないと思うが。
「窓際の席も良いけど日差しと風が難点だよねぇ。」
なんとなく夏を嫌いとは認めたくなくて話を濁す。
「そうね~。」
そう答える千奈ちゃんのスマホの画面が日差しを受けてきらめいている。
日焼け止めを塗り忘れたことに今更気づいたが、化粧下地に日焼け防止効果があるので多分大丈夫であろう。
ふいと左を向いて外を覗けば、登校してくる部活の友達のスカートがはためいている。
寒いとは言いながらも膝上ミニスカートは外せないのが女子高生というブランドを重んずる私達の宿命であろう。
「あ。」
登校してくる人混みのなかに何度も盗み見してきた顔を見つけて、つい前髪を触る。
今日は暴風でも大丈夫なように前髪は固めてきたから、大丈夫なはず。
「また日高?好きだねぇ。」
千奈ちゃんが私の様子に気づき、スマホから目線を上げてニヤついてくる。こういう時だけ目ざといんだから。
「そうだよ、気になってますよ〜。」
あまり否定しすぎると千奈ちゃんのからかいがしつこくなるのはこれまでに学んできた。
周りに聞かれないように隣に座っている千奈ちゃんに近づき、小声で返す。
そう言ってもやっぱり千奈ちゃんはニヤニヤしていた。
近寄ると千奈ちゃんが使っているSNSで話題のシャンプーの香りがした。千奈ちゃんはいつも髪がさらさらで、おしゃれなキラキラのギャルなのである。
後でどこで買えたか聞こう。
そして、ついにドアが開く音がした。
あ、きた。
ふいに頭から考えていたことが飛ぶ。
「おは、日高。」
これは日高くんの友達の声。
「おはよ!」
そして、太陽のようなその声が聞こえてくる。
目当ての人物が入ってきたのはとっくに気づいたのに、なんとなくどこに視線を置いていいか分からなくて窓の外を見る。
青空、綺麗だなぁ。
そして長く感じた数秒の後、私の前の席の椅子がひかれる。その大きな背中の気配がする。
彼が座ったのを確認し視線を前に戻した所で、彼が振り返る。
「若山もおはよう!」
若山夏、それが私の名前だ。中々すっきりした名前で私自身も気に入っている。
「おはよう!」
日高くんの挨拶に、昨日鏡の前で練習した笑顔で返す。大丈夫、引きつっていないはずだ、多分。頑張れ私の表情筋!
若干隣の千奈ちゃんが笑っている気がするが気の所為だろう。
「今日は日差しが夏って感じだよな〜。夏が待ち遠しいよな。」
日高くんは笑顔でそんなことを言う。
"夏"が好きなんだぁ…。可愛いなぁ…。
私自身のことでないと分かっていても、気になる人にそんなことを言われるとつい連想してしまう。
自分がちょっとキモいが、心のなかで喜ぶ分には許してほしい。今はただこの名前をつけてくれた両親に感謝だ。
「確かに最近あったかくなってきたよね!私も夏好きだなぁ〜。」
先程夏が好きでないとか考えていたことは棚に上げてそう返す。恋する乙女は柔軟なのだ。
「だよな!夏だと海水浴とかできるし最高なんだよ。夏休みもあるしな〜。」
そう答える日高くんの笑顔が眩しい。
笑って目尻に皺ができる。本当に顔がどタイプだ。
かっこいい!!っと心のなかで噛み締める。
ちなみに日高くんは水泳部で夏のプールの授業中の彼は最高だったことをここに記しておく。
水泳のことを話す彼は本当に無邪気で可愛い。
キーンコーン……
と、そこでチャイムが鳴った。
「あ、ホームルームか。」
「そうだね。また話そう!」
そうして彼と話せる楽しい時間は終わりを告げてしまった。
日高くんは結構時間ギリギリに学校に来るのだ。
そんな所もかっこいいけれど。
恋は盲目なのである。
彼は前に向き直っておしゃべりから切り替え、先生の話に頷いている。
意外と真面目な所もあるのだ。
私は後ろに座っている特権を活かし、日高くんを思う存分見つめる。
あ、寝癖発見。やっぱり左利き良いよなぁ。とか余計なことをぼーっと考える。
前に座る日高くんの、寝癖が窓からの風に揺れている。
今日の1限である国語の先生はプリントが大好きだから、渡すために日高くんは振り返ってまたあの笑顔を見せてくれるだろう。
それが待ち遠しいけれど、今は日高くんが先生の話をメモしているのを見てペンをとる。
彼は意外とマメな人なのだ。だから、私も彼に相応しい人になれるように努力しようと思う。
あぁ、もうすぐ4月になっちゃう。
席替えで後ろの席になれたと喜んだのも束の間、今度は違うクラスになるかもしれないのだ。
でも、私は決めたんだ。もし違うクラスになってしまっても、日高くんともっと仲良くなりたい。そのために、ちゃんと行動に移す!
千奈ちゃんにもそう宣言したんだ。
「夏が来るなぁ。」
ふいに透き通った青空が視界に入りそう呟いた。
そして私は少し窓を開け、冷たい風を頰に当てた。
風が気持ちいい。
少し夏が楽しみになった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
季節の変わり目ですが皆さんお体に気をつけてください。