07 罪の重さ
まともに受ければ力で押される。
ここはいなして、受け流すのが得策だ。
力任せの総助のことだ、いなせば勢い余って体勢が崩れるだろう。
スルリと刀を滑らせた睦実だったが、その考えがいかに安易だったかすぐに理解させられた。
いなされると気づくや、総助は体を翻し、流れる水のようなしなやかさをもって、睦実を狙う。
体勢が崩れるなんてとんでもない。
総助の勢いに押され、睦実はじりじりと後ろに退がらされた。
軽さと重さ、柔と剛――併せ持った総助の剣は実に厄介だ。
(しかし、何より厄介なのは……)
極限の斬りあいの中で、睦実は総助の異状に気づいていた。
目の焦点があっていない。
力のこもった剣だというのに、その中身はひどく虚ろだ。
(総助が見ているのは私ではない)
戦いに酔う―――という総助の性質は有名で、睦実も話には聞いていたが、まさかこれ程のものだとは考えていなかった。
酔っている、なんて安い言葉で片付けられるものではないな、これは。
スッ、
頬にじとっと血が滲む。
避けきれなかった総助の刃がかすめたのだ。
考え事をしている余裕はない。
睦実は久々に感じた死神の気配に、刀を握る力を強めた。
はぁ、はぁ、はぁ
俺は今何をしている?
まるで暗闇にいるようで、総助は焦った。
体が冷えきっているのがわかる。
刀を握ってはいるようだが、その感触すらひどく朧気で、必死で握る手に力を込めた。
すると、目の前に現れたのは、黒髪をなびかせ、刀を構える――信詠。
(やめろ)
斬りあいが始まる。
(やめろ)
その叫びは誰にも届かない。
刀から手を離そうとしても、さっき力を込めた手はほどけてくれない。
(やめろ)
俺はもう信詠を斬りたくないんだっ。
睦実が戦況をリードし始めた。
総助の重い剣をまともに受けることなく、すべてをいなすことで、体勢を崩すことは難しくとも、リズムをつかんできたのだ。
だが、
(総助の様子がおかしい)
最初からおかしくはあったのだが、顔色はより悪くなっていっているし、刀から怯えのような感情が伝わってくるのだ。
さっきまでは、なんの感情もない虚ろな剣だったというのに。
これは恐らく、、呑まれている。
あの日の悲しみに、悔しさに、苦しさに―――。
死体を抱えて泣き叫んでいた総助の姿が浮かび、睦実は唇を噛み締めた。
(これが私の罪の重さか)
睦実は遂に覚悟を決めた、罪と向き合う覚悟を。
狙いを変えよう。
総助を斬ることは難しくとも、あのなまくら刀なら斬れるはずだ。
キン、キン、キーン、
切り結ぶ度に、総助の刀の同じ位置に斬擊を与えていく。何度も何度も斬撃を受けるそこには段々とヒビが入っていった。
総助ほどの手練れを相手にしてなお、睦実がこれだけ緻密に刀を操れるのはなぜか。
それは、天性の才も然ることながら、敵を殺さずに、できれば無傷で無力化するための鍛練をずっと積み重ねてきたからだ。
最近はもっぱら見廻り組の副長を相手に、戦いのさなかで相手の刀を折る練習をしてきた。
その努力が今まさに実を結ばんとしていた。
カーン、
地面に銀の輝きが落ちる。
(よし、折れた)
ものの見事に半分の長さに切れた刀に睦実は安堵した。
これで戦いが終わる―――
って、なっ!
安心してわずかに油断した睦実の目に、半分に折れた刀を手に、なお振りかぶる総助が飛び込んできた。
死を感じた睦実の体は無意識に刀を動かす。
ズサッ
(しまった)
総助の腹から胸が斜めに切れる。
勢いよく血が噴き出した。
まともな相手であれば刀が折られた時点で勝ち目はないと諦める。だが、今の総助はここに意識がない。
折れて短くなった刀で睦実の刃を受け止めきれるわけがないという、そんな当たり前の思考さえ取っ払われている。
総助の体にはいくつも傷ができていった。
血で赤く染まりながら、それでもなお、斬りかかろうとする姿は獣か夜叉か。
意識がなくなっているがゆえに、自らの体にできていく傷を厭うことはなく、その命燃やし尽くすまで刀を振り続けるであろうことは明白だった。
くっ
睦実は焦った。
もはや自らが殺されるなんてことは心配していない。
ただ、総助の命が燃え付きる前に止めなければと、その一心だ。
総助が死んでしまうということが怖かった。
(これ以上、私に罪を背負わせないでくれっ)
睦実は渾身の一撃で総助の体勢をわずかに崩し、刃を一度鞘に納める。
腰を落とし、低く構えるそれは、睦実が何よりも得意とする抜刀術の構えであった。
.。o○
(……ここは、どこだ?)
総助が目を覚ますと、見慣れぬ木の天井が目に入った。
少し視線を横にずらせば、日の光が障子越しに入り込んでいる。畳に布団というのは総助の部屋と同じだが、空間的にはもっと広く、そのわりに物は少ない質素な部屋だ。
上体を起こそうとすると
うっ
腹の部分に強烈な痛みを覚え、体が布団に沈みこむ。
そして、その痛みで、睦実と相対したことを思い出した。しかし、戦いそのもののことはまるで覚えていない。
思い出せないのはいつものことだが、この痛みだ、きっと負けたんだろうと総助はため息をつく。
(ここは、見廻り組の屯所か?)
てっきり牢屋にでもぶちこまれるだろうと思っていた総助は、この待遇に疑問を抱く。
ガラッ
障子が開き、そちらを向くと、こちらを見下ろす困ったような顔とかちあった。
「……睦実」
隊服じゃないなんて珍しい。
浅葱色の着物姿は、いつものかっちりとした白い隊服よりずっと睦実を緩く見せる。
それはまるで絡繰が人間になったかのような違和感を感じさせ、総助はざわざわした気分になった。
「はぁ、目が覚めたか、総助。気分はどうだ?」
所在なさを感じる。
睦実からはいつも軽蔑した目を向けられてばかりだったから、こんな心配したような目で見られるとどうしていいかわからない。
思わず視線をそらし、天井をあおいだ。
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