06 総助VS睦実
総助にとって睦実は完璧すぎて気に障る存在。
その睦実がもし隊長の座を奪われ、完璧じゃなくなったとしたら、、俺はもっと息がしやすくなるんじゃないだろうか。
総助の心の迷いはどんどんと膨らんでいく。
晋悟に頼まれたのはあくまで睦実の命を守ること。こいつらに睦実を殺す意思がないとしたら、俺が動く必要はない、よな。
「お前らは睦実が見廻り組の隊長でなくなればいいんだな? 睦実を殺そうとか、考えてないんだな?」
まっすぐ問いかけてみると、ほんの少しの沈黙ののち、二人はばつが悪そうに顔を見合わせた。
「いや、だって佐条睦実だぜ? 殺せるなんて思わねぇよ」
「ああ、そこまで夢は見てねぇ」
総助は思わず笑ってしまう。
「ふはっ、まあ、お前らじゃ無理だわな。ははっ」
「なっ、事実だとしても言い方ってもんがあるだろっ!」
「そうだぞ、初対面でそれは失礼にもほどがあるっ」
子供のようにわめく彼らに総助はどこか安心した。
知らず知らず、わずかにしていた緊張もほぐれていく。
(なんだ、面白いやつらじゃねぇか)
「で? 誰の入れ知恵だ? 小心者っぽいあんたらに権力者に手を出す度胸なんて無さそうだしなぁ」
「「あぁん?」」
ま、だいたい当たりは付いたけど。
頭に浮かぶのさえ不快な男を思い、総助はため息をつく。
(昔から睦実を嫌っていたあの男が、遂にしびれを切らしたか)
「―――貴様ら何をしている」
響くは重厚な声。
振り向くと、鞘に納めた刀の柄に手をかける睦実がいた。
もうちょっとで黒幕のことや計画のことを聞き出せたかもしれないのに、間の悪いやつだ。
「よぉ、堅物」
総助が声をかけると、睦実は睨みを強くする。
「誰ともつるまない一匹狼の貴様が、何故」
「ハッ、一匹狼ねぇ。俺ぁそんなものにこだわったことは一度たりともねぇんだが」
そう、生き方にこだわりなんてない。俺はただ毎日息をしているだけ。それだけだ。
しかし、睦実は俺のことをそんな風に捉えているんだな。新鮮な驚きを覚える。
浪人たちの一味と間違われたことも、ある意味、好都合かもしれない。
小声で後ろの二人組に指示を出す。
「その麻袋おいて、お前ら逃げろ」
「「は?」」
「さすがにそいつを持ってちゃ逃げ切れないだろうが、手ぶらなら逃げおおせるだろ。時間は稼いでやるから」
この二人を助ける義理があるわけじゃないが、俺が声をかけていなければこいつらが睦実に見つかることはなかっただろうことを思うと、放ってはおけない。
ただの人拐いならそこまで重い刑にはならないのが通常だが、権力者の娘を拐った以上、死刑になってもおかしくない。睦実がどれだけ清廉でも、警察組織の上層部は権力者のいいなりだ。
どうせ一味と間違われてるなら丁度いい。
「行けっ!」
強めに声を出すと、二人は弾かれたように逃げ出した。
ふぅー
深く息を吐き、刀を構える。
自分より強いであろう人間と斬り合うのはいつぶりだろうか。
「さぁ、命のやり取りといこうぜ」
人斬り総助。
挑発的な笑みを浮かべ、刀を構える彼からは、強者の風格が出ている。
町の者も、隊員たちも、総助のことをでたらめに刀を振り回すタチの悪い浪人のように言うが、そうではない。
本来の彼は道場剣術を修めた、紛うことなき侍だ。
「貴様相手では、手加減できないぞ」
「ハッ、上から拳降るってんじゃねぇよ。死ぬのはてめぇだ」
まだ総助が道場に通っていた頃、見廻り組の一部隊の隊長を任されていた睦実は、巡回で道場に立ち寄ることがあった。
ほかの道場よりも活気のある道場で、その中心にはいつも総助がいた。
睦実が道場を訪れると、決まって勝負を申し込んできて、それを拒否すると、ブーブー文句をいったあと、道場のやつらと剣を交える。健全で明るく、誰からも慕われ、強さを追い求める純粋さは輝きに満ち溢れていた。
若くして部隊長を任され、周りから疎まれがちだった睦実には、そんな総助の姿は眩しく映ったし、羨ましくも思っていた。
だというのに、いまやその瞳に輝きはない。かつて教会で起きた騒動以降、総助は壊れてしまった。
もはやただの人斬りだ。
しかし、咎人と断ずることが、どうしてもできない。
あの日、死体を抱えながら、意識がなくなるまで泣き叫び続けた総助の姿が頭にこびりついている。
総助が壊れたきっかけの一端を担った―――それが睦実の深い後悔、忘れ得ぬ罪。
(あの日、私は……)
総助と会うたび、軽蔑した目を向けてしまうのは、早く自分の罪から逃れたいという、睦実の弱さだ。壊れた総助を見ると、自らの罪をありありと見せつけられているようで、早く立ち直ってくれと願わずにはいられなかった。
目の前でその総助が刀を構えている。睦実の心には迷いが生じていた。
(私にこいつを斬る資格などあるのだろうか)
睦実はなかなか刀を構えられない。
麻袋の中にいるのが人だと気づいているだろうに、どうしてさっさと斬りかかってこないのか、総助は疑問に思う。
あの二人組を逃がす時間稼ぎができるのはありがたいことなのだが、いかんせん総助はもう限界が近かった。
(やべぇ、頭がいてぇ)
誰かと一対一で対峙するというのは、かつての教会での光景に近いもので、総助の精神はどんどん蝕まれていく。なんとか踏ん張ってはいるものの、全身から脂汗が出てきていて、意識が遠のきそうだ。
そんな総助の内心を知るよしもない睦実は、深く息を吐き、ようやく覚悟を決めた。
鞘から刀を抜き、真っ正面から総助を見据える。
(ん? 総助の様子、おかしくないか?)
少し感じた違和感は、
キーーンッ
くっ、
打ち込まれた刀の重みに霧散した。
なんて重い一撃だ。腰を落として踏ん張っていなければ、あっという間に弾かれてしまう。
カン、カン、キン、キーン
これでもかという力で何度も何度も刀をぶつけられる。
道場剣術のような生易しい剣ではない。
その型が欠片も感じられない、でたらめな剣。
だというのに、なんだこの強さは。
いや、むしろ、だからこそか。
型がないから剣筋がまったく読めない。
かといって、まるで隙がない。
あのころの面影こそないが、壊れたように夜な夜な刀を振りまくってきた日々も、総助を強くしてきたのだとわかる。
(命を燃やし、魂を削り、ここまで強くなったか……)
命のやり取りの中にあってわずかに、ほんのわずかに胸踊る感覚に、睦実は苦笑した。
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