05 見廻り組隊長
佐条睦実は代々警察組織に名を連ねる名門佐条家の次男として生を受け、幼き日より刀を振るい続けてきた。
厳格かつ公正であることを信条とし、真面目に堅実に生きてきた自負がある。
しかし、それゆえか、人から恨まれることは多かった。
バタバタバタ
夜の静寂を切り裂く数多の足音に、睦実は足を止める。
(ああ、またか)
その瞳には諦念と、それでもなお自らの正義を貫こうとする信念が入り乱れていた―――。
晋悟に見廻り組隊長の護衛を依頼された総助は、早速彼が襲撃を受けているところに出くわした。物陰に隠れて様子をうかがう。
十数人に刃を向けられてなお、睦実の身が揺らぐことはなく、力強いまなじりは威厳に満ちている。
ただ心なしか疲れたように見えるのは、見廻り組の派閥争いが原因だろうか。
「お前たち、何者だ」
そう言って、睦実がゆっくりと鞘から刀身を抜くと、襲撃者達はわずかに足を後退させる。一分の隙もない構えに気圧されたのだろう。
刀を抜いたときの圧力は対峙したことのある者ならば、言わずもがなだ。
「この私を見廻り組隊長、佐条睦実と知っての狼藉か」
張りのある声で、威圧するように問いかけられ、襲撃者達はさらに一歩後ずさる。
見廻り組といえば、この白に金刺繍の隊服だ。
これをみて見廻り組とわからないわけがないし、第一、佐条睦実を知らない人間はこの町にはいない。
あいつらは睦実とわかった上で刃を向けているのだ。
そんなことは百も承知だろうに、こうして答えのわかりきった愚問を律儀に投げ掛けるところが睦実らしい。
(相変わらずお堅いやつめ)
晋悟に頼まれた手前、仕方なく尾行していた総助だったが、実のところ、睦実を護ろうなんて気は欠片も持ち合わせてはいなかった。
総助は睦実のことが気に喰わない。
いつも軽蔑の眼差しを向けられるというのも理由のひとつだが、なによりもそれを否定できない自分が嫌なのだ。睦実は、剣の腕も人格も完璧で、いつ見ても崩れることがない侍の中の侍―――俺なんか軽蔑されて当たり前だ、と自分で納得してしまいそうになることがなによりも苦しい。
睦実を見ているだけで、刀を振り回さずにはいられなくなるような妙な衝動に襲われる。
あのとき、俺が信詠を斬ってしまったのは、俺が弱かったからなんじゃないか。
俺が睦実だったなら、信詠を斬らずに済んだんじゃないか。
そんな意味のない仮定に押し潰されそうになる。
刀を握る手に自然と力が入った。
はーー、ふーー
総助はゆっくりと深呼吸をして、なんとか心を落ち着けようと試みる。あの教会での一件からただでさえ不安定なのに、これ以上乱れたら我を失って暴れてしまう気がした。
少し落ち着いたところで改めて襲撃者を観察してみると、ボロボロの着物を着ていて、刀も決して上等なものではない。見廻り組の派閥争いに関係してるのか、ただの浪人か、どちらにせよあの程度で気圧されているようじゃ結果は見えている。
キシュ、キーン、キーン
案の定、斬って捨てられていくのは襲撃者達の方。
いや、あれは峰打ちか。
実力派揃いの見廻り組において、隊長に就くだけあって睦実の剣の腕は相当に高い。十数人を相手にして、峰打ちで対応できるこの余裕。
なぜ晋悟が護衛なんて頼んできたのか、総助はわからない。
(あいつに護衛なんて要らねぇだろ)
睦実の実力は悔しいが本物だ。正直、いまの不安定な自分では敵わないと思うくらいには認めている。
「お前たち、なんの目的で私に刃を向けた」
倒れた襲撃者のうち意識がある者に切っ先を向け、睦実は問いかける。
しかし、襲撃者は答えるどころか下卑た笑みを浮かべるばかりで、睦実は顔をしかめた。
「何がおかしい。何をたくらんでいる」
あの感じ、ただの浪人じゃなさそうだ。何らかの目的で雇われた連中ってところだろう。
だとすると、連中の役割は睦実に倒されてなお達成されているということか。
……殺すことが目的ではないようだ。
(ちっ、頭を使うのは晋悟の役割だってんだよ)
考えても仕方ないと、総助は動くことにする。
上からの方が物事はよく見えるものだと、時雨が言っていたのを思い出し、よっ、と屋根の上にのぼってみた。
町を見渡すと、大きな麻袋を担いで運んでいる二人組の男が目に入った。明らかに怪しい。
屋根から降りて、裏から二人組の位置に移動する。
脇道からうかがうと、麻袋がモゾモゾと動いていた。
どうやら中身は人のようだ。
ただの人拐いか?
睦実の一件と関係してるのかどうかわからないとどうにも動きづらい。
しかし、関係してる可能性がある以上、無視することはできないな。
「おい、なかなか面白そうなことやってんなぁ?」
とりあえず声をかけて引き留める。
二人組は驚き、たじろいだ。
無理もない。むき出しの刀をぶらぶらと握り、にたりと笑う男は、どう見たってまともには見えない。
そしてすぐに人斬り総助の名を思い出した。
「てめぇには関係ねぇことだ。人斬りが今さら人助けなんて興味ないだろ?」
麻袋を隠すようにして警戒しながらも、威嚇するかのように睨んでくる。
人斬り、か。
「あー、まあ、そりゃあそうだが、この一件が佐条睦実を襲ってる件と関係あるなら興味があるなぁ。俺はあいつが嫌いなんだよ」
「なんだ同志か。佐条睦実を潰したいというなら、目的は同じだ。邪魔をするな」
やはり、今あいつを襲撃している連中と、この二人組は繋がっている。この感じ、あいつに私怨をもっているのは間違いないようだ。
「あいつを潰すのにその麻袋はなんの役にたつんだ?」
「へっ、この中にはな見廻り組を潰せるくらいの権力者の娘が入ってる。ちょうど見廻り組の隊長が巡回してる最中に拐かされたとなれば、佐条睦実も終わりだ、くくっ、ハハッハハハハ」
ふーん。
見廻り組の派閥争いに関係してるのかよくわからないが、随分と小賢しい真似をしている。この作戦、浪人達が考えて実行に移したとは考えにくいな。
権力者の家には当然護衛の人間が何人もついているはずだし、それを掻い潜って誘拐に成功するなんて、ただの浪人にできる所業ではない。
やはり、誰かが裏で糸を引いている。
さて、どうするか。
総助の心には迷いが生じていた。
あの睦実がはめられて、隊長の座を奪われる――その光景、ちょっと見てみたいな……。
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