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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
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挿話 『正月の空』

お久しぶりです〜

そして、あけましておめでとうございます!

お正月記念の挿話書きましたので、ぜひ楽しんでください

「あけましておめでとうございます」


「おめでとうございます」


新年を迎えて、私の神社には和やかに挨拶を交わす人々の声があふれる。


「今年は良い年になればいいですな」


「昨年は血なまぐさい事件もあって怖かったですからな」


「ああ、あの教会の。しかし、見廻り組が対処してもう安心なのでしょう」


「ええ、ほんと迷惑な話です」


昨年、教会で起きた事件は町の人々にまで知れ渡っている。

教会を根城にしていた宗教団体は町民の一部にも信仰されていたため、他人事とは捉えられなかったようだ。


しかし、あの事件の真相を知るものは少ない。


「神主様、、。」


「ん?」


声をかけてきたのは数年前から私が預かっている少女。

今日は巫女の装束に身を包み、サンザシのかんざしをつけている。


「、、総助は、来ないのかな」


やはり気になるのはそこか。


「今年は、難しいかもしれないね。信詠さんを喪ったことはあの子にとってあまりにも大きいことだろうから」


「うん」


この少女の名は八千夜という。


名をつけたのは総助だ。

親を亡くしたあげく、人攫いに捕まって売られそうになっていたところを総助が助けたらしい。


雨の夜、突然神社を訪ねてきた総助がこの少女を助けてほしいと懇願したので、私が育てることにした次第だ。


「せめて名前くらいはつけたらどうか」と言うと総助は「では八千夜で、」と答えた。今にも消え入りそうな命が八千の夜を越せるようにとの願いがこもっている。


それ以来、ほとんど毎日神社を訪ねてきて、八千夜の様子をうかがっていた総助があの教会の事件以降、神社に顔を出さなくなった。


神社だけではない。

聞けば、よく顔を出していたおばんざい屋にも顔を出していないらしい。


空はこんなに青く広がっているというのに、総助の心は晴れないままか、。


「総助の家に行ったら、会えるかな、、」


「八千夜、やめておきなさい。総助が会いに来るまで待つことだよ。これ以上、あの子に傷を増やしてはいけない」


「、、どういう意味?」


今、余裕のない総助にこの子を会わせるべきではないだろう。八千夜を傷つけるような言葉を吐いて、より自分を責める姿が目に浮かぶようだ。


あの子は良くも悪くも感情豊かで、浮き沈みが激しいから。


私は膝をついて八千夜を抱きしめ、腕の中におさめる。


親を亡くしたこの子が立ち直れたのは間違いなく総助の愛があったからだ。総助がまたこの子に目を向けられるようになるその時までこの子を守るのは私の役目だ。


「神主様」


後ろから聞こえた声は懐かしい響きで鼓膜を揺らした。


頭をポンポンとなでたあと、八千夜から離れて立ち上がる。


やはり、立っていたのはここしばらく顔を見せていなかった彼。


「晋悟、よく来たね」


いつもどおり穏やかな笑顔で少しばかり安心する。

しかし、その隣に総助はいない。


「昨年は、なにかとご心配をおかけしました。今年もご迷惑おかけすることはあるかと思いますが、よろしくお願いします」


「迷惑などいくらでもかけてくれて構わないよ。むしろ、私に力になれることなら頼ってほしいと思っているからね」


「ありがとうございます」


恭しく礼をする彼の本心は読めない。

それでも、総助のことを案じているのは間違いないだろう。


「晋悟、ぜんざいでも食べていくかい?」


「今日はおむすびではないんですね」


「ああ、流石にお正月はいつもと違った趣向を凝らしたくなるものでね」


「ぜんざいに興味はありますが、お忙しいでしょうしご遠慮しますよ」


「いいんだよ、久々に来てくれた晋悟と話すこと以上に大切なことなど今はないのだから」


正月で忙しいだろうから長話にはならないと考えて、今日来たんだろう晋悟にはちょっとばかり意地悪だろうか。

それでも話したいことはたくさんあった。このまま帰したくはない。


晋悟は困ったように笑って


「では、いただきます」


観念したようだった。



神社の奥にある邸宅に晋悟をあげる。

八千夜が台所でよそってもらってきたぜんざいを座卓に並べた。


だが、これから話す内容は八千夜がいたら話したくないこともあるだろう。悪いが、境内に戻らせる。


二人きりになった部屋で、口火を切る。


「八千夜もずいぶん大きくなったろう。総助が連れてきたときはおそらく七つくらいだったろうから、もう十になるかな」


「来たのが僕でがっかりさせてしまったでしょうね」


「まあ、総助がいないのは寂しく思っているだろうけど。、、あの子はどんな調子だろうか」


晋悟はぜんざいの汁を少し口に含む。


「総助は甘いのが大好きですから、このぜんざいも食べさせたかったです。、近頃は甘いものどころか、ほとんど何も口にしません」


「そうか。」


総助にとって信詠さんは超えるべき目標で、守りたい人でもあったはずだ。そんな人を喪って、あの優しい子が傷つかないわけはない。


わかっていたことだが、随分と落ち込んでいるようだ。


「こういうときに頼ってもらえる人で在れないことが口惜しいかぎりだよ。あの子はどうも自らで背負いすぎる」


「いえ、総助の中には神主様が常にいると思います。八千夜ちゃんのことも神主様のもとにいるなら大丈夫だと思っているから会いにこないのでしょう。甘えているんですよ」


「君がそう思うならそうなんだろうね。もっと違う甘え方をしてほしいものだけれど」


いつも総助の隣にいたのは晋悟だ。

晋悟ほど総助を理解している人はいない。


だが、そんな晋悟でも今の総助をどうにもできないらしい。


晋悟は神を信じていない。

ゆえに、神社にはあまり来ない。


総助の隣にいつもいた彼が、付き添わなかった数少ない場所の一つが神社だった。


今日来たのは総助の代わりに、という思いからだろうか。

それとも、。


「この間、見廻り組の睦実殿が来てね、仔細を話してくれた。総助が立ち直るのには時間がかかるだろう」


「はい、」


「焦らないことだよ」


ぜんざいの餅を含みつつ、話す。

晋悟も言いたいことがあったようだが、餅とともに言葉を飲み込んだように見えた。


晋悟にとって総助の存在がどれほど大きいかはわかっているつもりだ。冷静なこの子でさえ、どうしていいか戸惑いの中にあるのだろう。


「お正月というのは亡くなった人の魂を祀る日でもある。晋悟が神を信じていないことはわかっているし、先祖がどうとかあまり好きではないことは百も承知だが、それでも神社の神主として一つ言わせてもらおう。総助の願いは神に届き、信詠さんの魂は気高いまま天に還った。何も心配はいらない、と」


なんとも言えない顔で瞬きをする晋悟に、微笑みかける。


「神だなんだと言うと胡散臭いかもしれないが、純粋な話、これだけ死を悼んでくれる友がいて、不幸せなはずがないだろう。総助が悩み苦しんだぶん、信詠さんはもう救われたはずだ」


「そういうものですか」


まるで響いていないな。


「だが、人の心はそう簡単に繕えるものではない。総助が信詠さんへの思いを胸に歩いていくにはまだ心を整理する時間が必要だ。そして、それは誰が何を言ったところで早まるものではないし、自らでしか乗り越えられないものでもある」


「、、はい」


「ふふ、君が私の話を理解できないのと同じことだよ。人の言葉など所詮その人の考え方に過ぎない。自らの思いと違うのは仕方のないことだ。小さな話ならともかく、こういう大切なことについては誰の言葉もしっくりはこないものだ」


「そう、かもしれません」


「だから、声をかけてどうにかしようなんて思わないことだよ。ただ、その人のことを思ってその人のそばに居ることが最善の道ではないかな。できないことをしようとしなくていい。ただできることだけを焦らずやれば十分だと私は思っている」


晋悟は頷くでもなく、ぜんざいを口に含んだ。

最後の一滴まで飲み干すと、静かに顔をあげる。


「ごちそうさまでした」


「お粗末さま」


「お忙しいところありがとうございました。とりあえず帰りに団子でも買って帰ります。総助が一番好きな甘味なので」


「ああ、いい考えだね。またいつでもおいで」


「はい、お邪魔しました」


晋悟の中で答えが決まったようだ。

晋悟がそばにいるのなら、総助も大丈夫だろう。


そして、総助がそばにいるのなら晋悟も大丈夫だろう。


八千夜が総助に会える日はずっと遠いかもしれないが、それでもいつか必ず。


晋悟の背中を見送って、縁側から空を眺めれば、彼らの行く末を見守るかのようにお天道さまが煌々と輝いていた。

お読みいただき、ありがとうございました!

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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。(更新スローペースですみません、)

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏ゆいをよろしくお願いします♫

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