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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
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04 晋悟の術


カン、カン、カン


「見廻り組が派閥争いで揺れてるって噂ですぞ」


「ああ、それならわたくしも聞きましたわ。現隊長は穏健派ですけれど、それに反発した過激派が副長を担ぎ上げていよいよ衝突寸前だとか」


「ああ、おかげで、その隙とばかりに最近は辻斬りが横行してやがる」


カン、カン、カン


刀をうちながら晋悟は客同士の会話に耳を傾けていた。鍛冶屋に来る客はどうにもお喋りが多く、彼にとっての貴重な情報源だ。


しかし、辻斬りが横行しているのは、総助が家に引きこもっているのも要因のひとつだろうな。

あれから2週間経ったが、総助はいまだに眠ることはままならず、町を出歩くなんてもってのほかという状態が続いていた。


夜な夜な辻斬りを返り討ちにしていたはずの総助がいなくなれば、そりゃあ横行もするだろう。


それにしても、見廻り組が派閥争いとは。

見廻り組はこの辺りの治安維持を担う警務部隊で、晋悟は見廻り組隊長と少なからず面識がある。


(見廻り組の隊長が彼でなくなるのは困るなぁ)


それはなにも情や優しさといった類いの話ではなく、総助が人を斬ったりする度に隊長にそれとなく揉み消してもらっているからだ。

この前の教会での一件も総助がやったとわかっていながらあの隊長は犯人不明で片を付けた。


晋悟にとって非常に都合のいい、話のわかる隊長なのだ。


(さて、どうしたものか。)


権謀術数をめぐらす晋悟の瞳には青い光が映っている。



――ところかわって、総助の家。

教会での一件以来、街を歩ける精神状態でなくなった総助は縁側に座りただじっとする日々を送っていた。


「団子屋で見ないと思えば、家に引きこもっているとはな」


ピクッ


いつの間に俺のとなりに座っていたんだこの男は。


「気配なく隣に座るのやめてくれねぇかな、時雨」


顔をあげれば、よく団子屋で一緒になる見知った顔。

あの日晋悟の鍛冶屋でも会った時雨がいた。


「また団子屋でと言ったのに、全然顔を出さないからだ」


「悪かった、ちょっとな」


「顔色が悪い。何かあったか?」


時雨は基本無口で冷静、笑顔など微塵も見せない人間だが、その実、優しい。団子屋で毎日のように団子を買っていくのも決して自分のためではなく、仕える主に喜んでもらいたい一心だ。


今も忙しい中わざわざ俺を心配して来てくれたんだろう。教えてもいないこの家に。


いや、怖ぇよ。


時雨の諜報能力は晋悟を軽く越える。

なんたって元忍びなのだ。


「忙しいんだろ、帰れよ。心配は無用だ。いつも晋悟が飯を持ってきてくれてるし」


「あの忙しい刀鍛冶が毎日飯を持ってくるとは、随分と仲がいいんだな」


「腐れ縁だよ」


小さい頃から隣にいて、同じ道場で刀を振った盟友でもある晋悟は、総助にとって今や切っても切れない存在。


あのとき、信詠を斬ったときも、そばに……


グッ

頭がズキズキと痛み出す。


「おい、総助、どうした。大丈夫か」


頭を抱えて苦しみだした総助に、時雨は驚きながらも周りに目を巡らせる。


敵はいない。

となると、外部からの攻撃ではない。


であれば、総助自身の不調。

これが団子屋に顔を出せなかった理由か。


総助の家の屋根にのぼり、周囲を見渡す。

町の医者に見せるにも、今この時間に診療所にいる医者に当たりをつけなければなるまい。

行った挙げ句いませんでしたじゃ時間の無駄になる。


ん、あれは。


ふと、道を歩いている男に目が止まった。

あの者なら事情もなにかと知っていような。


時雨は屋根から飛び降り、消えた。

次の瞬間、道を歩いていた男――晋悟の目の前に立っていた。


「晋悟殿」


「うわぁっ! びっくりした、なんですか」


晋悟は急に現れた客に驚きながらも、総助がらみではないかとすぐに当たりを付けた。この客がこんな慌てたような現れかたをする理由として、総助しか頭に浮かばなかったのだ。


「総助が頭を抱えて苦しみだした。どう対処するのが望ましいか、晋悟殿ならわかるだろうか」


ほら、やっぱり。


これから見廻り組の馴染みの客に刀を納品しにいくところだったのだが、総助のところに向かった方がよさそうだな。


「行きましょう」


「では、失礼」


「え」


客にお姫様抱っこをされて、さすがの晋悟も慌てる。


「ちょっと待って! うわぁーっ」


そのままものすごい勢いで屋根づたいに移動されて、晋悟は自分に怖いという感情があったことを知った。


「総助、晋悟殿をつれてきたぞ」


頭が痛くてどうしようもない総助だったが、時雨の言葉に少し顔をあげれば、随分くたびれた様子の晋悟が目に入った。こんなに崩れた晋悟は初めて見たので、新鮮で面白い。


「総助大丈夫?」


「しん、ご」


晋悟は総助が自分の様子を面白がっていることにすぐ気づいた。手で押さえていないと耐えられないほどに頭は痛いようだが、意識ははっきりしているらしい。


うん、これなら大丈夫そうかな。


「お姫様抱っこされて屋根づたいに移動なんて、人生で経験すると思わなかったよ。総助もされたことあるの?」


「……あるわけねぇだろ」


「えぇ、僕だけか。どうしよう知り合いに見られてたら」


「ねぇよ。時雨の速さはそこらのやつには捉えられない」


「そっかぁ。あ、今日のご飯なにがいい? 神社のおむすびでも、照子さんのところのおばんざいでも、え、なに? 僕の手作りがいいって?」


総助が頭から手を外し、呆れたように息を吐く。


「言ってねぇよ。おばんざいで」


「ふふ、了解。あ、そうだ、ついでに頼みたい仕事があるんだけど」


「は? 仕事?」


「うん。だってもう頭痛くないでしょう?」


「ちっ、」


そうだ。晋悟とくだらない話をしているうちに、びっくりするくらい自然と頭が痛くなくなった。


晋悟は俺の扱いがうますぎる。


端で見ていた時雨も、晋悟の術に舌を巻く。

様子から見るに心因性の頭痛だったらしいが、わずかな会話でそれを治してしまうとは、どんな忍術より優れている。


「で? 仕事って?」


「うん、実は、見廻り組が派閥争いで揺れてるって噂でね、ちょっと調べてみたら隊長を暗殺しようという動きがあるっぽいんだ。まだ確実ではないんだけど、念のため隊長の護衛を頼めないかと」


「この状態の俺に町に出ろってか。それに見廻り組の隊長って、佐条睦実だろ? あの堅物、嫌いなんだけど」


総助が夜な夜な歩いていると見廻り組と出くわすこともあるのだが、他の隊員がただ警戒するなか、あいつだけが軽蔑の眼差しを向けてくる。


あの冷えきった目が総助は苦手だ。


「うん、でも、恩人でもあるわけだし、僕は彼を気に入っているんだ。影からでいいから、気にかけてくれない?」


「ちっ、わあったよ。晋悟の頼みじゃ仕方ねぇ」


「ふふ、ありがと」


晋悟はわかっている。町に出て大丈夫なほど総助の精神状態は回復していない。だが、それでも、あの隊長を生かすために手段は選んでいられない。


それに、このくらい強引に引き上げないと総助の精神が回復するとは思えなかった。


(そろそろ頃合いだよ)


総助を見つめる晋悟を、後ろから時雨が静かに見つめていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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