37 名を瑠璃姫
「団子屋っていうのは思わぬ知り合いができるものなんだね」
子どもたちと別れて、川岸を歩きゆく。
さっきの子どもたちといい、晋悟が持っている人脈の外側に、総助は団子屋で縁を持つ。晋悟が名前すら知ることができなかった鍛冶屋の常連とも総助は団子屋で親しくなっていた。
「ずっと団子屋にいれば、知り合いくらいはできる。常連とは顔見知りになるし、話しかけてきたやつとはそれなりに話してるからな」
「ふーん」
自分の知らないところで、総助が知り合いを作るのはちょっぴり悔しい。人の輪の中心にいる総助を見るのは好きだが、それは見えてるから楽しいのであって、見えないところでやられるとほの暗い心地になるのだ。
とはいえ、総助のことを一番理解しているのは自分だという自負はあるし、総助の帰ってくる場所が俺の隣だということは変わらない。
「晋悟」
突然総助が立ち止まって名前を呼んできた。
なんだろう。
「桔梗だ」
「え」
総助が指さした先にはまさしく紫の桔梗が咲いている。
今日は月明かりが眩しいから、思ったよりはよく見えた。
そういえば桔梗を見たいと言って川に来たんだったな。
鍛冶屋の常連たちは桔梗が咲いたと嬉しそうに話していたが、これの何がそんなに嬉しいのだろう。丁寧に整えられた花壇ではないから、野生のボーボーと生える雑草にすぎない。
でも、こういうの総助は喜ぶんだよなぁ。
今も顔を伺えば、僅かな笑みを浮かべ、桔梗を愛しそうに見つめている。
だからそんな総助の顔を見た晋悟も気分がよく、微笑みを浮かべる。
毎年桔梗を見に川へ来ているのはそういうわけだ。
桔梗を総助が十分堪能したのを確認して、再び歩き出す。
「あ、そうだ。隊長さんの怒った様子から察するに、総助は佐条家で随分暴れたようだけど、何か気になることでもあった?」
「気になること?」
「だってその刀、黄龍を持っていたなら、思考は正常だったわけでしょ? 暴れる、ましては殺すなんて必要をどこに感じたのかなって」
「、、俺はただ晋悟に頼まれた通りしただけだ」
俺に頼まれたとおり、ということは隊長さんを護るためにってことか。
まあ、そんなことだろうとは思ったけど。
「やっぱり佐条家は敵だらけだったか。とすると、今回の一件で佐条家も見廻り組もある意味健全な状態を手に入れられたってことかな。流石にそれは黒幕の意図ではなさそうだよね」
晋悟の反応に総助は安堵のようなものを覚える。
晋悟はすべてを察してくれるので、こちらが気を遣ったり言い訳したりする必要がなくて楽だ。
佐条家に俺が侵入したとき、強い抵抗を向けてくる護衛部隊の中に在って、嬉々とした空気を発した奴らがいた。佐条智弥が殺られることを望んでいるようで、それらは他家から紛れ込んでる刺客に違いなかった。
生かしておいて、後ろにいる黒幕たちを炙りだすべきかとも思ったが、それではいけないという警鐘が鳴った。いま排除しておかないと、後々必ず睦実の害になるという予感があった。
まあ、睦実の兄と斬りあってみたかったので、佐条家に忠誠を誓ってる奴らも随分と斬りつけてしまって申し訳なかったが、そちらは殺さないように加減はした。
そして恐らく、司馬武虎とあの眼鏡の狙いもそこだろう。敵を飛鳥だと思っていたかはわからないが、逆らうことにリスクがあるなら乗った上で最善を取る。つまり、これを機に睦実に反乱の意志を持っている者たちを一掃し、見廻り組を一枚岩にする――そういう算段だったのだろう。
「さっきの話、損をしたのは安心院、佐条、見廻り組って話だったが、後ろの二つは得もしてる。とすると、大損こいたのは飛鳥だけか」
「確かに見廻り組は隊長・副長・参謀っていう主要三役を失うことなく、反乱分子だけを排除できた。でも、隊長さんが副長・参謀を斬って見廻り組が瓦解する未来も可能性としてはあったはずだよ。佐条家も同じく、総助が狂って刀を振り回した結果、佐条家当主が死ぬ未来も、俺はないってわかってるけど、黒幕にはあるように見えたんじゃないかな。飛鳥さんならともかく、総助をよく知らない人はそう思うと思うから」
たしかにな。
あ、でも、
「最初、あの眼鏡が佐条家に行かせようとしてたのは司馬武虎だった」
「そこに黒幕の意志があるかどうかはわからないけど、、うーん」
晋悟の考えがまとまらないのは珍しい。
黒幕は晋悟でさえ考えを読みきれない人物で、飛鳥でさえ容易に手を出せない相手ということか。
「いや、待てよ、その場合は総助が隊長さんに斬られることが予想されてたってことかな? とすると、安心院家を貶めたかったことだけは確定かなぁ」
「ま、様子見が最善っていう考えは変わらないんだろ?」
「うん」
ならいいだろ、とこの話題を切り上げた。
狙いが俺だったと言うなら、受けて立つだけのことだ。
鍛冶屋につく。
光善さんがやっていたときから変わらない古びれた佇まい。
いくつもの景色が浮かぶ郷愁を感じさせる場所。
送り届けたからもういいだろうと、踵を返そうとすると
「総助、渡したいものがあるから中入って」
いつもより笑みを深くした晋悟に招かれた。
晋悟のあの顔は何か企んでるときの顔だ。
面倒なことじゃなければいいと思いつつ、鍛冶屋に入った。
晋悟はいつも鍛冶仕事をしている小あがりにのぼる。そして、刀を掛けてる飾り台から、随分立派な刀を持ってきた。
漆黒の鞘に銀のつば、上等だな。
誰かに届けてほしい、とかそういうことだろうか。
「はい、今回の報酬。総助の刀だよ」
晋悟は腕を伸ばして、俺に受け取るよう差し出してくる。
え、、。
俺の刀、、。
俺の刀って言ったか?
まさか、こんな上等な刀が俺の刀って?
わけわからないまま、恐る恐る受け取る。
かなり重い。
「俺は頼みを聞いただけで、報酬を貰おうなんて思ってたわけじゃ」
「いいから。見てみてよ」
爛爛と瞳を輝かせる晋悟に気圧されて、鞘から刀身を抜いてみる。
目に飛び込んできたのは――青。
「青い、刀、、」
驚いた。
刀身が青い刀なんて見たことがない。
これまで見たどんな刀より美しい。
「その刀、名を――瑠璃姫」
晋悟が呼ぶ刀の名。美しい刀にふさわしい美しい名前。
総助はほうっと息を洩らした。
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