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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
36/40

36 最後の慈悲


「暑い」


「そう? まだ涼しいと思うけど。この先もっと暑くなるよ」


「そうか?」


「うん」


月が時折雲に隠れて、セミの声は宵闇に溶ける。

晋悟は総助といなかったときは今が夏であることもすっかり忘れていたのだが、総助が暑いといったことで今が夏であることを思い出した。


じめっとぬるく、でも時折吹く風はまだ気持ちいい。

照子さんの店からの帰り道。


総助は何も言わないが、どうせ鍛冶屋まで送ってくれるつもりなのだろう。晋悟だって腕にはそれなりに自信があるのだが、夜は特に物騒だからと総助は心配してくれるのだ。


「照子さんのおばんざい、美味しかった?」


「ああ、晋悟に買ってきてもらうことはあったから、いつもの味のはずなんだけどな。なんかしっくりきた気はする」


「ふふ、よかったね」


「ああ」


晋悟はこうして総助と歩く時間が好きだ。


他愛もない話をするだけだったり、なんなら黙ったままなこともあるけれど、いつもは感じないことを感じたり、世界に色が付いたりする。


素直に興味深いと思える。


「そういえば、隊長さんの抜刀術を受けたって聞いたよ。傷はもう治ったの?」


「完治はしてないけどそれなりには」


「怪我したって聞いたから、飛鳥さんのところに行ったんだなってすぐわかったよ。優秀な医者にただで診てもらえるもんね」


「まあな」


総助は飛鳥さんに憧れを抱いているらしいけど、一緒にいるのは面倒だと思ってる節もあって普段はそんなに寄り付かない。


今回はただで怪我を治すために仕方なく飛鳥さんの屋敷にあがりこんだわけだ。


「それなりに治ったなら、もう飛鳥さんのところには戻らない感じ?」


「ああ、刀返しには行くけど、居候は終わりにする」


「そっか。あ、そうだ、ちょっと河原の方通っていい? ちょうど桔梗が咲いたらしくて、鍛冶屋の常連さんたちが話してるのを聞いたんだ」


「ああ、夜だからあんまり見えないかもしれないけどな。ホタルの頃合いは終わってるのか?」


「うーん、どうだろ。終わってそうかな」


流石に河原は鍛冶屋から離れているので、なかなか足を運べないでいた。そもそも、花なんて一人で見てもつまらないし。


川が近づいて、水の音が聞こえてくる。


「川の方なんて久々来たなぁ、総助は?」


「俺も晋悟と来て以来だな」


「あはは、それもう去年のことだね」


ゆったり流れる川は細く長く続いている。


「あははははは、きゃー」


ん?

子供の声がする。


「やめろよ、水かかった」

「はしゃぎ過ぎだよ、みんなぁ」


声の方に意識を向けると、子供が5人ほどと大人が1人だろうか。川岸でわちゃわちゃと騒いでいるようだ。


よく見れば、川に入ってバシャバシャと水を掛け合っている者もいれば、線香花火をしている者もいる。


なんとも夏らしい光景。


隣を通り抜けようとすると、


「あ、総助だ!」


思わぬ声がかかった。

その声を境に子どもたちがぞろぞろと寄ってくる。


「なんだお前たちか」


総助も返したので、どうやら知り合いのようだ。

大人の男も近づいては来たが、妙に警戒されているようで、微妙な距離を保たれている。


「総助のおかげで親父が帰ってきたんだ!」

「ありがとう、総助」


「べつに、見廻り組の争いに関係ないやつが巻き込まれる必要はねぇって、誰が見てもわかることだからな」


「うへへ、総助がいなきゃ今頃見廻り組の隊長に殺されてただろうって親父が言ってたんだ。親父が生きて帰ってきてくれて、俺達は本当に嬉しいんだ」


子どもたちの中で1番年上らしい10歳かそこらの少年が涙を拭いながら話す。


「あ、泣いてるんじゃねぇぞ。これは川の水だからな」


「ふっ、わかったよ」


総助はその少年の頭を撫でた。


見廻り組が今回の一件に複数人の浪人を巻き込んでいるというのは知っていたが、どうやら総助が逃したということのようだ。


「ねぇねぇ、総助も花火やろうよ」

「線香花火きれいだよ」


女の子たちが総助の着物の袖を引っ張る。


総助が俺の顔を見た。そんな顔で見られたら仕方ない。

第一、俺が総助のやりたいことを否定するわけがないでしょう。


「いいんじゃない。線香花火なんて子供のときにやって以来やってないし」


「晋悟がそう言うなら」


ボコッと大きな岩のあるところに座って、弾ける光を見つめる。


ポト


「あ、落ちた」


3本ほどもらった花火の、最後の1本もあっけなく終わりを迎えた。


隣の総助はまだじっと光を見つめている。


「なぁ、兄ちゃんは総助の友達なのか?」


さっき泣いていた少年に声をかけられる。


「幼馴染だよ」


「へぇ、。よかった」


「よかった?」


「うん、総助はいつも一人で団子屋にいたから、友達とかいないのかなって」


子供にまで心配されるなんて、総助ってば罪深い。


「そうだねぇ。総助は友達少ないからねぇ。君が友達になってあげてくれる?」


「何言ってんだ。俺はもう友達だぞ!」


「そっか、もう友達だったか」


「一体なんの話をしてんだよ」


俺と少年の会話に、総助が突っ込む。

総助の線香花火もいつの間にか落ちたようだ。


「俺は総助の友達だからなっ」


こんな少年に友達がいないことを心配されて、居心地の悪そうな総助だが、嫌がっているわけじゃなさそうだ。


「ま、団子友達ってことなら」


「おう!」


「良かったねぇ、総助。友達ができて」


グスンと涙ぐむふりをして言えば、


「からかうなよ」


頭をガシガシと掻きながら、総助は苦笑いを浮かべた。


総助は人に好かれる。周りに人が集まっていく。

その本来の性質はどれだけ総助が塞ぎこもうと、過去に縛られていようと、失われるものではない。


それでも晋悟は、総助の一番近くに居続けるのは自分でありたいと思う。


子供たちに引っ張られて川の方に連れて行かれる総助を眺めていると、晋悟の隣には彼らが親父と呼んでいた男が歩いてきた。


「不思議だな。あの男は恐れられながらも、人を惹きつけるらしい。見廻り組の連中も最初は毛嫌いしていたくせに、あっという間に慕うようになってた。これから謀反起こして見廻り組の隊長に殺されるってわかってただろうに、あの時間だけは楽しげで、なんとも言えなかったな」


ああ、それがきっと総助の最後の慈悲。


総助はあの教会での一件以来、人と関わることに積極的ではなくなった。自分が幸せになってはいけないという戒めなのか、また誰かを失うのが怖いという逃げなのか、正確なところは晋悟にもわからない。


それでも今回見廻り組の人たちと関わり、優しさを向けたというのなら、これから死にゆく者達へ総助が向けた慈悲なのだろう。


せめて少しでも不安と恐怖を減らし、楽しい気持ちを忘れないでいられるように、と。


子どもたちに黙って引っ張られる総助もまた同じように。


お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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