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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
35/40

35 睦実の告白、過去の罪


お店を出て、佐条家への帰り道。

佐条家の護りが整うまでは、そばにいると言ってくれた睦実とともに眩しい月夜の下を歩く。


まずは現状を把握して、うちの者たちの安否を確認しなければならないし、治療等してくれたという高輪さんにもお礼をしなければなるまい。


やることは山のようにあるが、弟と空の下を歩くなんてことは当主になってから一度もなかったことだ。


少しくらいゆっくり、この時間を楽しんでも罰は当たるまい。


睦実を伺えば、考え事でがんじがらめになっているときの顔をしている。


「何を難しい顔をしているんだい?」


「、、兄上」


わずかな間ののち、覚悟を決めたような凛々しい顔で、呼びかけられる。改まって、私に言いたいことがあるらしい。


「佐条家が安心院家と敵対していたことも、安心院飛鳥の遊び相手にされていたことも私は知りませんでした。なぜ相談してくださらなかったのですか」


この話か。されるとは思っていたが。


「相談してどうなったというのだ」


「兄上! 佐条家が安心院家に目の敵にされたというのなら、それは間違いなく私のせいでしょう。だったら、佐条家のためならば見廻り組をやめることだってできたのに」


やはりか。だから、相談しなかったのだけど。


あ、月にかかる雲が流れていくのがわかる。

細く月にかかる雲もまた、昼とは違った趣で好きだ。


「睦実、今日の雲は一段と美しいな」


「兄上、、。」


「死ぬことにもはや恐れはない。当主になるとき、死ぬこともすべてを奪われることも覚悟を決めた。だが、」


智弥は立ち止まり、月に手をかざす。


「どうしたって弟のことは心配で、残していくのが怖いと思った」


そんな兄の姿に睦実も立ち止まり、しかし睦実は月ではなく兄を見た。


今日、兄は死んでいたのかもしれないと、その実感が今になって湧いてくる。


月に手をかざす兄はそこにいるのに、どこか現実味がない。兄と外を歩くなんてのが久しぶりすぎるからそう思うのか。


雲が流れ宵闇に消えてゆくように、兄もどこかに消えてしまいそうで、どうしたらいいのかわからない。


「さ、帰ろうか」


何を話すこともできず立ち尽くしていた睦実に、智弥は何事もなかったかのようにさらっと笑って歩き出す。


相談してもらえなかったことを強く非難する心積もりだったのだが、睦実はもはやそれ以上の言葉を紡げなかった。


そこからは智弥の調子だ。


「睦実は総助と随分仲が良さそうだね」


「何を言うんですか。仲はむしろ悪いですよ」


「そうは見えなかったけれど」


睦実は総助のことを嫌いではない。

昔の明るかった頃には憧れすら抱いていたし、今の型にはまらない強さを身に着けた様も素直に感心する。

ありきたりな思考だが、総助は私にないものを持っているから、羨ましい。


しかし、総助の大切なものが奪われそうになったとき、私はただそれを眺めるだけで、何もしなかった。


あのとき私が刀を振ったなら、きっと彼女は死ななかった。

わかっていて、動かなかった。


総助から恨まれるのは仕方ないことだ。


「総助は私を許さないでしょう」



放たれた意外な言葉に睦実の顔を伺う。


暗いのであまり表情は見えないが、下を向いているのは珍しい。


ただ単に照れて仲が悪いと言ったのかと思ったが、そんな簡単な話ではないようだ。


「恥じるような行いをしたのかい?」


「いえ、私の判断は間違っていなかったと思っています。ただ、」


「ただ?」


「もっと違うやり方もあったのではないかと、考えることがあって」


ああ、いつの間にか大きくなったんだなとそう思う。


正しいと思ったことを曲げずまっすぐ突き進んできた弟が、自分の正しさを疑うことを覚えたようだ。


私がどれだけ啓してもできなかったことを、睦実に正しさのあり方を考えさせるなんてことを、やってのけたのは総助なのだろう。


彼は正しくあることに興味がなさそうだった。


どこか遠くを見つめて、もっと違うところを目指しているような、そんな目をしていた。


突然睦実が立ち止まる。


「今回の一件、私は結局首謀者であった見廻り組参謀役と副長を斬ることができませんでした。副長を斬ったら見廻り組が成り立たなくなると、損失の大きさを考慮して。他の者達は斬ったのに、こんな中途半端な」


まっすぐ、熱のこもった瞳を向けられる。

まるで懺悔するかのように。


だが、これは許してほしいのではなく、責め立ててほしいのだろうな。


「これでは、謀反を起こしたからと私に斬られたあいつらが浮かばれないっ。それに、私の思う大義のために過去見捨てられた総助も、」


涙は無いし、大きな声でもないが、たしかに泣き叫んでいるのだと感じさせる声で。


「こんな揺らぐ正義だったなら、今までしてきたことがすべて崩れるような気がして、私はどうしたらいいのか、、どうしたらいいんでしょうか」


ああ、可愛いな。

悩んで泣きそうになっている弟がもうたまらなく可愛い。


なんて、お兄ちゃんとして失格かな。

真剣に悩んでる弟に対してこんなことを思うなんて。


せめて、まっとうな答えを返してあげなければ。


「その答えは自分で見つけなければならないんだよ。睦実が考えて考えて考え抜いて出した結論なら、過去睦実がしたことに責任もとれるだろう。とにかく悩むことだ」


「悩む、、」


「きっと総助も同じだろう。考えて考えて答えを見つけようとしている人なんだと、私にはそう見えた。何に対してそう思っているのか私にはわからないけれど、彼はもうその段階にいるようだ」


いつか睦実が、正義にとらわれて身動き取れなくなるときが来るのではないかと心配していたが、もうその心配はいらないのかもしれない。

総助に出会っていつの間にかこんなに成長していたんだ。


私が今日死んだとて、睦実ならもう大丈夫だったのだと、その確信を得る。それは少し寂しい気もするけれど、喜ぶべきことなのだろうな。


「ありがとうございます、兄上。私はあなたの弟で在れることが誇らしい」


「おだてても何も出ないよ。帰ろう、睦実」


「はい」


強くてかっこよくて優しくて、そんな弟に尊敬の眼差しを向けてもらえるのは素直に嬉しい。


今日死ななかったことの恩恵はこれだけでも十分かもしれない。寂しさの中に一抹の光を見た気がして、智弥は再び雲に目をやった。

お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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