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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
34/40

34 刀の秘密


照子さんのおばんざいを堪能して、食事も中盤に差し掛かった頃、総助が腰の刀を気にしているのが目に付いた。


「あれ、総助、その刀って」


総助は腰から刀を外して鞘ごと渡してくる。


柄についたこの龍、間違いない。おじい様が飛鳥さんに打った刀だ。総助が店に入ってきたときからそうじゃないかと思ってはいたけど、見事だなぁ。流石おじい様、装飾から美しい。


鞘から抜いてみると、刃が折れていた。

なるほど、飛鳥さんから借りたけど、折れてしまったというわけだな。


「おじい様が飛鳥さんにあげた刀は四振りあって、これはそのうちの一刀、名を黄龍」


「黄龍、」


「流石におじい様が名をつけた刀だから俺が直すのは無理かな」


「そうか、」


総助の気が沈んだのがわかる。

飛鳥さんの大切なものを自分が壊してしまったと自責の念に駆られているんだろう。


「おじい様が飛鳥さんのために打った刀だから、他の人が使ったら折れるのは当然だよ。飛鳥さんだってわかっていて総助に渡したんだろうしね。それに、この刀に込められた祈りは刃が折れてなお失われていないみたいだ」


「祈り?」


隊長さんが聞いてくる。

いつの間にか隊長さんも智弥様も刀の話に興味を傾けていた。


「おじい様が名をつけた刀にはそれぞれおじい様の込めた祈りが宿っているんだ。この黄龍に込められた祈りは鎮静。総助、この刀を振っている間は人を斬っても酔わなかったんじゃない?」


総助が目を見開く。

それは何よりも如実に肯定の意を示していた。


「狂って冷静でなくなることがあれば、この刀を握り平静を取り戻してほしい、というおじい様の祈りが込められているんだよ。飛鳥さんもだからこそ総助にこの刀を渡したんだと思うな。はい」


鞘に刃を戻して、総助に刀を受け取るよう差し出す。


総助はおそるおそる受け取った。

刀をまじまじと見つめている。


「光善殿の刀というのはそんなに凄いものだったのだな」


隊長さんが感嘆の声を上げる。


「そういえば、晋悟の刀も名前ついてたよな。なにか祈りを込めたのか?」


総助が疑問を呈する。


「ああ、俺の刀は樹音って名前をつけた。込めた祈りは鋭敏。感覚を研ぎ澄ませてくれるんだ。気配を探りやすくなるっていうのかな。ま、ちょっとそんな気がするっていう程度だけどね」


「それも光善殿の打った刀なのかい?」


智弥様が素直な疑問をこぼす。


「いや、これは私が打った刀です。刀鍛冶が魂込めて打った刀は刀鍛冶の想いを受けてどんな形にもなります。込める思いが強ければ強いほど、刀もそれに応えてくれるんです」


「そんな空想みたいなことが本当にあるのか。晋悟殿はまだ若いのに確かな腕を持っているんだね、睦実の刀も晋悟殿が打ってくれたと聞いているよ。ありがとう」


「いえいえ、見廻り組の隊長さんに自分の刀を使ってもらえるのは素直に嬉しいので。まぁ、名無しの刀ですけどね」 


隊長さんが自分の刀の鞘に触れる。


名無しなことが悔しいのかもしれないが、佐条睦実に祈りなんていらないでしょ。もともと化け物みたいに強いんだから。


「はい、おでん。大根とお麩と昆布ね」


いい感じに場が温まったところに、照子さんの店の名物であるおでんの登場だ。常連にはこれを目当てにしている人が多いほど、美味しくて人気がある。


日によっておでんの品目は違うのだが、今日は総助の好物ばかり揃っている。


俺が『今日は総助が来ると思う』と告げると、そそくさと買い出しに出かけていた照子さん。

―――愛されてるな、総助。


総助はといえば、そんなおでんを口いっぱいに頬張って、昔に戻ったみたいだ。総助の食いっぷりに照子さんがちょいちょい後ろを向いて、涙を拭っていた。


そして、おでんを食べ終わった頃、本題に入ることにした。


「さて、今回の見廻り組の一件、総助はどう見る?」


推測を確信に変えるために。



どう見る、か。

晋悟には俺よりずっと広く物事が見えているはずだ。にもかからず聞いてくるってことは、現場で感じた空気と、晋悟より俺のほうが詳しい部分、つまりは飛鳥について知りたいってことだよな。


総助も思っていた。違和感はずっとあった。


「飛鳥ではないな」


「やっぱりそうか」


晋悟も同じ考えだったみたいだな。


「どういう意味だ?」


睦実は飛鳥のことをよく知らないからわからないだろうが、よく知る人間からすれば違和感しかない。


「やり方が飛鳥さんっぽくないなって思ってたんだよね」


「ああ、飛鳥なら見廻り組を囮に佐条家を攻めるなんて、こんなつまらないやり方はしないだろう。もっと真っ向から勝負するのがお好みだ。それに、智弥は飛鳥が遊び相手に選ぶ類の人間じゃない。つまり、佐条家を襲わせたのは飛鳥じゃないってことだ」


飛鳥はどこまで知っていたんだろうな。


「たしかに、安心院飛鳥が私を遊び相手に認識するなど何かの間違いではないかと疑ったものだけれど。しかし、天宝院家の招宴でお会いしたとき、たしかに私と高輪さんに享楽を向けていたように感じたよ」


天宝院家か。


「なぁ、晋悟。今回の一件で得をしたのは誰だ?」


「うーん、大枠で見れば得をした人間はたくさんいると思うな。逆に、損をしたのは見廻り組と佐条家、そして安心院家だろうね。見廻り組と佐条家は多くの血を流し、これから復興に時間がかかる。安心院家は逆らったら絶対に勝てないとされていたのが今回崩れた。佐条家当主が逆らってなお生き残ったことで、安心院の絶対的権威が僅かではあるけど陰りを見せたわけだ」


安心院家の力が落ちて喜ぶ人間はたくさんいる。

でも、飛鳥がこの状況を甘んじて受け入れているのは、どういうわけなのか。


相手が小物なら飛鳥は踏みつぶすだけだ。

それをしないとなると相手はそこそこの大物か。少なくとも、飛鳥が遊び相手として認めた相手ということになる。


「兼近は安心院飛鳥が後ろ盾だと言っていた。それが誤りだというのか」


兼近、、あの眼鏡か。


眼鏡だけならただ何者かに踊らされただけとたかをくくれるんだが、司馬武虎もこの一件に関わっている以上、そんな安易な結論は出せない。


あの男は人に踊らされるような玉じゃないのだから。


「ま、しばらくは様子見かな。いずれ黒幕も尻尾を出すでしょ」


「そうだな」


晋悟もきっと同じ答えに辿り着いている。

そして、今は動かぬが吉と判断した。だったらそれに乗るまでだ。


こういう策略は晋悟の得意分野だから、任せるに限る。


総助は思考を放棄して、再びおでんに口をつけた。

お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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