03 過去の枷
その日、総助の寝室には彼のうなされた声が響いていた。
「んあっ、くっ、のぶ、よ」
「はぁ、はぁ、ん、くそっ」
総助の体は布団を押し払い、手で着物をはだけさせ、
悪夢をその頭から消し去りたい、と左右に揺れる。
.。o○
教会を背に、刀を振る女。
天満月の空の下、長い黒髪が輝く。
『なん、で』
その太刀筋に見覚えがありすぎて、血みどろの光景に頭が追い付かなくて、ただそう漏らすことしかできなかった。
『ふふ、彼女はもう私たちのものですから。さあ、目の前にいる敵を排除しなさい』
周りの人間を片付け終わってこちらに向かってくる女――間違いなく信詠だ。
そして、彼女の後ろでほくそ笑む眼鏡の男。
『おい、なんでだよ。信詠、俺だよ、総助だ。わからねぇのか、なぁ!?』
キン、キシンッ
『くっ、』
剣撃が重い。
キン、キン、キーン
なんのためらいもなく俺を斬ろうとするこれはなんだ。こんなゲスい男の命令に従ってるこれは誰だ。
ありえない、信詠がこんな風に刀を振れるはずがないんだ。
キッ、カン、カン、キーン
『くそっ、なんでだよ、なんでなんだよ、信詠!』
天才の剣だ。
1度も敵わなかった天才の剣だ。
俺が越えたいと望んだ天才の剣だ。
なのに、どうして、こんなに悲しい。
『あーっ! くそっ、くそっ』
歯を食いしばって、見たくない光景を目に焼き付けながらひたすら刀を振るう。
キンッ、キシーン、カン
ズチャッ
刃が肉を切りさく感触
―――『あ、』
――――『いや、』
あがる血しぶき。倒れる信詠。
『あ゛ーーーーっ』
.。o○
「はっ、」
飛びあがるように目が覚めて、手が、呼吸が震えている。
見渡せばいつもの布団、いつもの寝室。
そうだ、ここはあの教会じゃない。
「はぁ、はぁ、なん、で、うっ」
せりあがってきたものを堪えるために息を止め、口を塞ぐ。
「こんな生々しい夢、久々だな」
布団から上体だけを起こして、総助はひとりごちる。
原因は間違いなく、あの教会に行ったことだろう。
汗で張り付く着物を取っ払って、ノロノロと立ち上がると、総助は手拭いを濡らすために炊事場へ歩き出した。
今日は団子屋に行くのもやめておこう。
街を歩くだけで光景が蘇ってきそうだ。
手拭いで汗をぬぐい、新しい着物を着て、縁側に腰かける。
疲れた。
夜中から朝方にかけて盗賊団とやりあって、昼前から眠ったらこの様だ。一刻も眠れなかったな。
いまだに心臓の鼓動は早いまま。
ジーっ、ジーっ、ジー
静かに鳴くセミの声は、この心のさざ波をかき消してはくれない。
いまは春から夏になろうかというところ。夏から秋にかけてであれば、あのけたたましい鳴き声を聞けたというのに。
「はぁ、」
なんて、らしくないこと考えちまった。
だが、昼下がりにこの涼しさは今だからこそだ。
やっぱりセミの鳴く夏でなくてよかったと思い直す。暑かったら不快感が増しているところだった。
いまだあの夢の生々しい感触が残っている。
総助はそのままあの夢の感触が消えてくれるまでひたすらにじっとしていた。身じろぎすることなくただボーッと屍のように。
過去に押し潰されそうなとき、悪夢を見たとき、狂ってしまいそうな衝動を感じたとき、いつも総助は体の力を抜いて無になってやり過ごす。
これが総助なりの心の守り方なのだ。
いつもの団子屋での時間はまさしくそれである。
ぐーっ
腹の音で総助は無から戻ってきた。
あれから2刻ほど経ったのか、まもなく日没という夕焼けの空になっている。
いつもは団子で腹一杯にしてるが、なにも食べないとさすがに腹がなるな。
どうしたものか。
ガサリ
茂みが揺れる音。庭からの侵入者だ。
団子屋にいなかったらここだとあたりをつけてきたのだろう。侵入者はニコニコと人のいい笑みを浮かべ、紙袋を掲げた。
「やっぱり晋悟か」
「お腹すいてるだろう? おむすび買ってきたよ」
俺の隣に座ると同時に渡してきた紙袋には懐かしい狐の絵柄。
「あー、あの神社のやつか」
「うん、好物だろ?」
「ああ、あんがとよ」
神社の神職が趣味でつくって販売しているおむすびは素朴でうまい。
昔はよく食いにいったものだ。
だが、今の俺がこれを食べるのは……。
「なんだかんだ信心深いね、総助は。大丈夫だよ。神主様に、神の力を宿さないように作ってくださいってお願いしたから」
「お前よくそんなお願いできたな。恥ずかしくねぇの?」
「総助のために頼んであげたのにひどいなぁ。総助の分だからって言ったら神主様も納得してくれたよ」
おむすびには神の力が宿るのだと、あのおっさんはよく言っていた。だから、握るときには神に祈りを捧げながら作るのだと。
「おっさん、元気だったか」
「うん、神主様はせっせと新しい味のおむすび開発にいそしんでいたよ。総助が来ないことを寂しがってた」
「そうか」
あの日から総助は神社に足を運ばなくなった。
神に合わせる顔がないと考えているらしい。
あるいは、自分への戒めなのかもしれない。
正直、神なんていない、いたとしてもどうでもいいと考えている晋悟にとってはよくわからない感覚なのだが、それでも総助にとっては大きなことなのだろう。
「げっ、なんだこれ」
おむすびを一口食べて、顔をしかめる総助。
「新しく開発したあんこおむすびだそうだよ。赤飯がいけるならあんこもいけるだろうって」
「いや、その考えはどうなんだ?」
「ふふ、まっとうな味のおむすびが食べたいなら、自分で神社に来いって意味だろうね」
「あー、そういう」
それから総助はあんこおむすびを3つ、ただ黙って平らげた。
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