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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
29/40

29 折れた刀


「意外でした」


「なにがです?」


兼近のつぶやきに武虎は首を傾げる。


「隊長が私を斬らなかったことも、あんな顔をして駆け出したことも」


呆然とした面持ちの兼近だが、そういうことを考えるだけの冷静さは失っていないようだ。


「隊長殿はああ見えて理知的な方ですから、損が大きいと判断したのでしょう。それに隊長殿にとってお兄様は大切な存在。隊長殿があんなふうに感情をあらわにさせる相手なんて、二人しかいません」


「二人? 佐条家当主の他にもう一人はどなたです?」


「、、ふふ、干渉しないと隊長殿に約束したのでこれ以上は口をつぐませていただきます」


「そうですか、」


静かにつぶやくと兼近は床に座り込み、


「疲れました、」


弱々しく息を吐いた。


「ははっ、五体満足だったのですから、儲けですよ」


実戦慣れしていない兼近だ。隊士が目の前で斬られるのも、あれだけの殺気に晒されることもこれまで少なかった。

疲れるのは当然だ。


むしろ、腰を抜かすことなく、最後まで立っていられたのだから大したものだろう。


「まあ、その通りですが」


「それに、計画はうまく行きました」


隊長殿にも気づかれていない、私と兼近の立てた計画。


「はい、あとは佐条家がどうなっているかですね。まあ、佐条家の警備の厚さを考えれば、人斬り総助が当主にたどり着けるとは思えませんが」


「おや、それは見込み違いというものですよ。人斬り総助なら佐条家を崩すなんて容易いでしょう。あれは隊長殿と互角にやり合える男なのですから」


「、、え?」


さて、人斬り総助はどんな選択をするかな。

存外、私達の計画にも勘付いているかもしれない。


「大丈夫ですよ、兼近。万事うまくいくでしょう」


私の顔を見た兼近は、もう考えることを放棄したかのように寝転がった。


「あとは任せますよ、副長」


「ええ、ゆっくりおやすみなさい、兼近」


あっという間に寝息を立て始めた兼近は、あどけない少年の顔を見せる。

頭がよく、人への態度も辛辣になりやすいがゆえに、忘れてしまいそうになるが、見廻り組でもかなり若い部類だ。


きっとこれからの見廻り組を作っていく。


隊長殿の崇高さは理解しているが、それでもこの若い芽は摘ませない。


武虎はいつもどおりの穏やかな笑みを浮かべて、後処理に動き出した。



睦実は佐条家への道を駆け抜ける。


いつもなら走ったくらいでは息は上がらないというのに、どうにも今日は息が苦しい。


自らの焦りが、動揺が、身体に表れてしまっている。


佐条家の警備は厚いが、安心院家が見廻り組を囮にしてここまで大掛かりに仕掛けているのだ。確実に兄上の命を断つ心積もりと見える。


安心院家の雇われ剣士か。

一体誰だろうな。


安心院飛鳥は優秀な剣士を幾人も飼っている。

中には見廻り組で対処しきれないほどの強者もいる。


そういえば、安心院飛鳥の娘が拐かされた一件に総助が絡んできたのも気にかかる。

総助は昔から安心院家への出入りが度々目撃されていた。


心臓が脈打つ。


まさか、雇われ剣士って総助ではないよな?


総助だとすると、佐条家の護りでは足りない。

間違いなく、当主のもとにたどり着く。


それに総助は剣を振るときは決まって、狂い、見境がなくなる。

最悪の相手だ。


しかし、総助かもしれないと思うと、焦っている場合ではないと睦実は冷静さを取り戻し始めた。

焦った状態で対処できる相手ではないのだから。


少しずつ息も整ってくる。


(どうか、どうか無事でいてください、兄上)


走る速度もあがった。



睦実が佐条家に向かって駆けている頃、総助は目の前の老人の圧にわずかに押されていた。


刃は先程から何度も肉を抉っているというのに、老人はまるで痛みなど感じていないかのように攻撃の手を緩めない。

致命傷になるような深い傷は与えていないが、普通なら立っているのもやっとなほどの傷のはずだ。


それなのに、。

これが覚悟ある者の気迫というものなのか。


キーンッ


刃と刃がぶつかり、鋭い音が響く。


まだこんなに力強い刀が振れるなんて。

むしろ、最初のときより重いくらいだ。


刀を押し返し、後ろに下がって一旦距離を取る。


「じいさん、すげぇな」


老人は怖い目のまま口を閉ざしている。


「あんた、佐条睦実の師匠だろ」


老人が僅かに眉をピクッとさせる。


「なぜ、」


「剣筋を見ればわかる。睦実の剣はあんたにそっくりだ」


「貴様、睦実様と刀を交えたことがあるのだな。よく生きていたものだ」


生きているのは俺の実力じゃない。

睦実に情けをかけられた結果だ。


「はっ、腹の傷が疼いて仕方ねぇ。むかつく奴だよ」



智弥は忠臣と人斬りの斬り合いを固唾を呑んで見守っていた。


いや、斬り合いなんて生易しいものではない。


忠臣の剣はまるで人斬りには届かず、一方、人斬りの剣は幾度も忠臣を斬り刻む。


これでは、一方的な斬りつけだ。


それでも、堂々と立ち向かう忠臣に、その覚悟に智弥は言葉をかけることもできず、ただ見ていることしかできない。


しかし、なぜだろうか。

智弥は人斬り総助に対して恐怖を感じなくなっていた。


弟のことを睦実と呼び、むかつく奴だとのたまうその中に、冷たさとは違う感情が見えた気がしたのだ。


(弟の頬の傷、もしや付けたのは彼なのだろうか)


頬を斬った相手のことを敵でも味方でもないと、そう話していたな。いつもと違って視線をそらして、。


会ってみたいと思っていた。

弟にあんな顔をさせる相手に。


この男だったら、、複雑な思いだ。

死ぬ前に会ってみたいと思っていた相手に会えたことを喜ぶ気持ちがある一方、特別な存在らしい彼が私を斬り、佐条家を貶めたと知ったら、弟はどれだけの心痛を覚えるかとやるせなさも感じる。


ズサっ、


(んっ!)


忠臣が深く斬られて、膝をつく。


カラン、、


そして、人斬りの刀が折れた。


折れた刃を見つめる彼は一体何を思っているのだろうか。

お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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