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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
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28 反乱の思惑


こいつが睦実の兄、佐条家の当主か。


総助はようやくたどり着いたそこで、奥に居る男を眺めた。

まっすぐ立ち、手を前に重ねるその男は、表情に恐れも憤慨もなく、じっと俺を見つめている。

放つ空気はまるで違うが、堂々とした様はたしかに睦実の兄なのだと思わせた。


しかし、思ったより、痩せているというか、痩せこけているというか。

病気でも患っているのだろうか。


そして、手前にいるのは刀を構え、ものすごい圧を放つ老人。

これまでの護衛とは格が違う。


(まあ、当主の傍らにくらい強いやつがいないとな。)


何よりこの覚悟だ。

ここが死に場所になろうとも当主を守り抜くために最期まで戦うという勇ましい覚悟。


道場に残してきた見廻り組の連中が思い浮かんで、総助は僅かに唇を噛んだ。あいつらの覚悟も大したものだったが、睦実の前じゃ何をもたらすこともできず、その身は儚く散るだろう。


わかっていて置いてきた。見捨てた。


死ぬかもしれないという恐怖を抑え込んで、目的のために前を向く―――侍と呼べる者は存外少ないというのに。


この老人も同じだ。

これだけの覚悟もきっと俺には届かない。


悲しいかな、それが現実だ。


総助は刀を構え、息を吐いた。



見廻り組に入ったすぐから通っている道場だ。構造は知り尽くしている。

この廊下を抜ければ、最後の部屋――奥の間だ。


兼近も、武虎もそこにいるだろう。

ゆえに、守るように隊士たちが廊下にひしめく。


「だーっ、覚悟!」


勢い良く振りかぶってきた隊士の刃をスルッといなし、そのまま斬り捨てる。


と、背後から二人が斬りかかってくるが、振り返る勢いのまま横に薙ぐ。


流れるように、澱み無く刀を振るい続けると、まもなく廊下に立っているのは私だけになった。


一息、呼吸を整えてから、奥の間に一歩踏み入る。


目に入ったのは、刀を構えるでもなくあぐらをかき、目を閉じて座っている武虎と、その背後に腕を後ろに組んで立つ兼近。


兼近からは私を恐れる気配がするが、武虎からは全くしない。いつもどおりの穏やかな空気。


武虎と修練のために手合わせすることは多いが、武虎が私に勝ったことは1度たりともない。だというのに、なぜここまで落ち着いていられるのか。


少し兄上のことが思い浮かんだ。

兄上もいつだって穏やかな空気を崩されない方だから。


ふぅ、武虎が何を考えているかは知らないが、兄上にこれ以上の心労をかけさせないためにも、私は無事にこの局面を乗り越えねばならない。


刀を構える。


「兼近、武虎、罪は重いぞ。お前たちがけしかけたせいで、隊士たちが血を流した」


兼近が眼鏡を押し上げ、私を睨む。


「罪が重いというのなら、それは隊長の罪でしょう。従いたくない隊長に付き従わなければならない隊士たちの気持ちが貴方にわかりますか。貴方がもっと隊士たちを気にかけてくださる隊長だったなら、こんな事態にはならなかった」


相変わらず真っ直ぐな物言いだ。

兼近が間違ったことを言ったことは一度もない。


たしかにこれは私の罪なのだろう。

悪いのは私の方なのだろう。


「ならばなぜ、刀を向けた。直接話をしに来てくれればよかった。これだけの隊士が私の退陣を要求するなら、私とて考えた。なぜ謀反を起こす前にひとこと、言ってくれなかった」


「それこそが隊長の罪でしょう。話をしたところで聞いてくれるわけがないと、隊士たちに思わせた。罪深いことです」


そうか。

そうだな。


私が悪い。


だが、謀反は起きてしまった。

謀反を起こした隊士を罰さないわけにはいかない。


私が斬る。

そして、業を背負って私は生きる。これからも見廻り組の隊長として。


「刀を構えろ、兼近、武虎。私が斬る」


兼近がビクッと震えた。


「隊長殿。兼近の頭脳はこれからの見廻り組に必要です。どうか、刀を収めてくれませんか」


「なんだと」


謀反の首謀者を許せというのか。

できるわけ無いだろう。

一体何人の隊士が死んだと思っている。

私が殺した。


「隊長殿。では、取引をいたしましょう」


「取引?」


武虎がふっと笑う。


「謀反についてはここで収めさせます。そして、隊長殿に一つ情報をお渡しします。代わりに、兼近の罪をなかったことに」


「何を言って」


「兼近は見廻り組に必要です。どうしても斬るというのなら、私も覚悟を決めねばならない。私が声を掛ければ、謀反に加担する隊士はまだまだいますよ」


武虎、、。


まだ罪を犯していない隊士を人質に私のことを脅すとは。


武虎が声をかけるより前に彼を切ってしまえば済むこと、とそんな単純な話でもない。ここで武虎を殺せば、私についてくる隊士は一人も残らない可能性がある。


それは見廻り組の壊滅を意味する。

私の守りたかった場所は結局無くなる。


武虎と対立した時点で、もう詰んでいる。


武虎が積極的に謀反に加担したわけではないだろうから、やりようもあると考えていたが、ここまで兼近を庇うとは。


そういえば、兼近を見廻り組に誘ったのは武虎だったか。


「隊長殿、私が先程渡すと言った情報は、時間が経てば意味をなさなくなるものです。決断はお早めになさってください」


どちらにせよ、私には選択肢がない。

武虎を斬った私に付き従う隊士はいないのだから、私が刀を収めなければ、見廻り組はどっちみち終わる。


「情報とは」


これは敗北と同じだ。


「兼近」


「はい」


武虎の呼びかけに兼近が僅かに口角を上げる。


「隊長、私達が囮だとは思わなかったんですね。さすがの隊長も気配とやらで察することはできませんでしたか」


なに?

囮、だと。


「私達の後ろにいるのは安心院家です。今、安心院家の雇われ剣士がどこにいると思います?」


まさ、か、


「佐条家ですよ。佐条家当主を殺すために。私達は隊長にそれを邪魔させないための囮に過ぎない」


なっ


助けなければ、兄上を。


武虎と兼近をその場に残して、弾かれたように睦実は走り出した

お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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